草木も眠る丑三つ刻。
暗やみの中を走る影が二つ、黒装束に黒頭巾、闇に生きる忍びが二人。
影達は大きな屋敷の土塀の前で立ち止まった。
一人があごで合図をした。ひらりと土塀を跳び越す。
続いてもう一人も跳び越したが、塀の角で足の小指を強打した。
「い・・・」
忍びは声を上げない。
そのまま二人は屋敷の中に忍び込み、豪華な布団にぐっすり眠る男の部屋に現れた。
一人は部屋の隅に立ち、一人が布団に近づいた。
無言のまま男の上にかがみ込む。眠る男の顔を確かめているのだ。しばらく眺めたのち、おもむろに背中の刀に手をかけた・・・
「まて」
静かな声が刀の動きを止めた。刀に手をかけた黒装束はけげんそうな顔で振り向く。
隅の黒装束はもう一度言った。
「まて、切るのはまずい」
「刀はまずいか？」
「証拠が残る」
「では、どうやって」
「濡れた和紙を使うのだ」
「ぬれたわし？」
「そうだ。早く探してこい」
「そんな物で、どうやって？」
「・・・はやく」
刀から手を放した黒装束は首を振り振り消えた。そしてすぐに戻ってきた。
帰りを待っていた隅の黒装束は、
「見張っている。やれ」
と言い残し、すい、と廊下に出てあたりを見回した。
「やれって、どうやって？」
残された黒装束が質問する。
「口と鼻の上に被せるのだ。窒息する。証拠も残らん」
「へー」
「感心してないで早くやれ」
振り返らずに答える口調の中にいらだちが混じった。
廊下にでた黒装束はあたりを見張った。見張った。見張った・・・変だ。
苦しそうな声が聞こえてこない。なにをぐずぐずしているのだ。
部屋に戻ると、タワシを熱心に見つめている相棒がいた。
茶色いごく普通のタワシは、眠る男の口の上に不安定にのっていた。タワシから滴る水滴で枕が濡れていた。
「・・・なにをしている？」
「何をって、濡れタワシだが」
「濡れタワシ・・・濡れた和紙・・・・・」
荒野を風が吹き荒ぶ。二人の忍びは苛酷な運命の前に無言で立ち尽くすのであった。
江戸時代にタワシがあったどうかは、謎