Ｄ中隊のケース(5)

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木馬迎撃戦

　ブカレスト近郊の攻防から半日後。戦場はさらに東へ移動し、ドナウ河流域のジオン軍の防御陣地を中心に戦闘が行われていた。
　Ｄ中隊はその戦場にいない。彼等はさらに東、ジオン公国軍オデッサ宇宙港にいた。
「補給、急げよ」
　空港の一角、カーゴつきギャロップに物資が次々と運びこまれ、グランヒッコリは傍に立って物資のチェックをしていた。カーゴの搬入ハッチへ消えて行くのはザクの装備と補給物資だ。
「弾薬の積み込みは終りました」
　ラズィがグランヒッコリのそばに来て報告した。グランヒッコリはうなずいた。ラズィへ向いて尋ねた。
「ザクの整備はどうだ？」
「少尉の機体とナガイ少尉の機体がもうしばらくかかります」
　ラズィの応えにグランヒッコリはうなずいた。
「ラズィ、君のザクは？」
「左脚部の修理は終了したんですが、被弾部分の交換パーツが手に入らなくて。仕方ないんで防弾チョッキを着せることにしました」
「防弾チョッキ？」
「リアクティブアーマーを貼り付けたシートで作ったでっかいチョッキですよ。なかなかいい物ですよ。一撃だけなら防げます」
「始めから着てれば修理も楽だったなぁ」
「いや、乗り込む時と出る時が面倒なんですよ」
「そうか、そりゃそうだなぁ」
　そう言ったグランヒッコリは視線を手元のシートに戻した。そんなグランヒッコリのそばをラズィは離れなかった。グランヒッコリは目を上げてラズィの顔を見た。
「どうかしたか？ ラズィ」
「少尉、我々はどこへ向かうのですか？」
　ラズィの質問にグランヒッコリはうなった。
「俺も聞いてない。いずれ大尉から話があるだろう」
「そうですか」
　ラズィは残念そうに言った。グランヒッコリがふと気づいたようにたずねた。
「なぁラズィ、さっきから見ていないのだが、ブーカとハートゥはどこにいるんだ？」
「あ、そういえば見ませんね」
「何しているんだろ」
「さぁ？」
　グランヒッコリとラズィが首をかしげている頃、ブーカとハートゥは広いオデッサ宇宙港の中をうろうろしていた。ブーカが空港の事務員からジープを調達したのだ。ジープを運転しているのはハートゥだった。
「ハートゥ、そこ右に曲がって」
　倉庫が立ち並ぶ通りをジープは走った。
「ブーカさん、僕らの行動は無駄ではないですか」
　ハートゥの声は低くまるでつぶやくようだった。まるで独り言に聞こえる、とブーカは思った。
「どこかにあるわよ。だいたい毎日携帯食料では気が滅入るもの」
　ブーカとハートゥは食料を調達すべく広い宇宙港を走り廻っていたのだ。クラヨヴァ襲撃から火の通ったものを食べていない。睡眠時間もほとんどないし、おまけに食事が真空パックされたゼリーやビスケットでは戦う気力もわかない。
　それでブーカは食料を探しているのだが、オデッサ宇宙港は特殊鉱物の打ち上げと補給物資の荷降ろしで飽和状態になっていて目的の物はみつからない。
　きょろきょろとあたりを眺めていたブーカは大きなコンテナの上にちょこんと座っている兵士を見つけた。懐かしい顔だ。
「ハートゥ、ジープを止めて」
　ハートゥがジープを止めるとブーカは降りてコンテナへ走りよった。整備兵はぽわわんと空を眺めていた。
「ジムニー、ジムニーじゃない」
　とブーカは高い所にいる整備兵に向かって叫んだ。ジムニーと呼ばれた兵士は、ぽわん、とした表情でブーカを見ると、にこっ、と笑った。
「ブーカさんじゃ、ないですか」
　そしてひょいとコンテナから飛び降りた。
「あ、危ない」
　ブーカが叫んだが、遅かった。ジムニーは両足で着地したが、そのままごろごろと地面を転がった。
「痛てて」
　ブーカが駆け寄ってジムニーを抱き起こした。
「大丈夫？」
「痛いけど、大丈夫だと思います。ここが、地球だって忘れてました」
　ジムニーは笑いを作りながら言った。ブーカはちょっと笑った。
「最初のうちはよくあるわね」
「慣れないですよ、なかなか」
　ジムニーはよろよろしながら立ち上がり、ブーカの顔をしげしげと眺めた。
「こんなところで会えるとは思ってませんでしたよ」
「私もよ、ジムニー」
　ジムニーはブーカやグランヒッコリが宇宙で戦っていたときにモビルスーツの整備を担当していた兵士だった。ブーカ達はア・バオア・クー要塞に配備されていたスピカ艦隊つきのモビルスーツ部隊に所属していたのだ。地球へ降りてくる直前の任務で連邦の謎のモビルスーツと戦ったブーカはジムニーに手助けしてもらって工作ポッドを武装して出撃している。
　別れてから一ヵ月も経っていないのに懐かしかった。会えたのはうれしいけど、なぜジムニーがオデッサにいるのだろう？ブーカは訊ねてみた。
「どうして宇宙から降りてきたの？」
　ジムニーは服のほこりを払いながら言った。
「整備兵も抽出が行われたんですよ。私は新型ＭＳの整備研修を受けてMS-09の整備技士として降りて来たんですけど」
「ドムの？すごいじゃない。どこに配属されるの？」
「配属と言ってもですね、もう駄目なんです」
「駄目って？」
「いなくなっちゃったんです」
「どういうこと？」
　ブーカは首をかしげた。いなくなったとはどういうことだろう。
「黒い三連星付きだったんですけど、全滅しちゃいましたから」
「えっ」
　ブーカとハートゥはおもわず声をあげた。黒い三連星が破れた。
「黒い三連星が？も、もしかして木馬に？」
「ええ」
　ジムニーは神妙にうなずいた。
　ジムニーはつい半日ほど前にオデッサに降りてきたのだが、物資を降ろしてたら黒い三連星が全滅したことを告げられ、待機のまま放っておかれているという。
「黒い三連星まで全滅したの」
「そうですよ。せっかくいろいろ運んできたのに。無駄になったなあ」
　ジムニーはどこか人ごとのようにつぶやいた。だが、ブーカの耳はそのつぶやきを捉えた。いろいろ、いろいろが無駄。興味あるわ。
「ねえ、ジムニー。いろいろって何？」
　その問いにジムニーはびくっとした。声の調子にいやな雰囲気を感じたのだ。
「ジムニー、なに運んできたのかしら？」
　にこにこ笑うブーカを不気味に感じたジムニーはひきつれた笑いを浮かべながら手をぱたぱたと振った。
「ブ、ブーカさんには、あ、あんまり関係ないことですよ」
　ブーカは、ずいっ、と前にでると
「おしえてよ」
　と言った。表情はにこにこ笑ったままだが、妙な威圧感があった。
　ジムニーは気圧された。
「ドムの補給物資ですよ。交換モジュールとかドム用のバズーカ砲とか」
「バズーカ砲！」
　ブーカは歌うように叫んだ。そしてジムニーに念を押すように尋ねた。
「もう、その、バズーカを使う人はいないんでしょ？」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ブーカさんなに考えているんです？」
　あわてたジムニーが言うと、ブーカはにこっとして応えた。
「ジムニーが考えていることよ」
　うへえ、と心のなかでジムニーは舌を出した。ブーカの病気がはじまってしまった。
「駄目ですよ。これは。ドム用でジャイアント・バズといって、ザク用じゃないし、黒い三連星用なんですから」
「いなくなっちゃったんでしょ。ちょうだい、ジャイアント・バズちょうだいよ」
「だめですよ。ブーカさんのＭＳはザクかグフでしょう？持てませんよ」
「そう、ザクよ・・・絶対無理かしら？どう思う、ジムニー」
「いや、調整すれば装備できないこともないですが・・・はっ！。駄目です」
「装備できるんなら頂戴よ。頂戴よー。ね、ジムニー、頂戴頂戴頂戴頂戴」
「駄目ですったら、駄目駄目駄目」
　ジムニーは下を向いて首を振った。ブーカは作戦を変えることにした。
「ザクにジャイアント・バズを装備するのよ、面白そうじゃない」
「面白くありません」
「でもジムニー、ただ持たせただけでは駄目なでしょ？」
「そりゃそうですよ。重さが違えばバランスも違いますから。一番の問題は重さですかね」
「やっぱり無理かしら。それに無理に装備しても扱えないかも」
「私が調整すれば、ブーカさんなら扱えると思いますよ」
「じゃ、そういうことにしましょ。うん、決まった」
　ポン、とブーカは手を鳴らした。ジムニーはぽかんと口をあけた。続いて天を仰ぎ、地面を見つめ、再び天を仰いだ。冷たい風のふく中、ジムニーが顔を戻した時は表情が笑っていた。
「しくしく、いつもブーカさんは無茶ばかり言いますね」
と言うジムニーに
「あなたはつきあいがいいからよ」
とブーカは返した。
　茫然としたハートゥと浮かれた二人は、ジープに乗り込んでＤ中隊のギャロップへ向かった。

☆

　軽陸戦挺ギャロップ「ｖＰ１８」。オデッサ宇宙港で待機していた。そのモビルスーツ・デッキにはＤ中隊の三機のモビルスーツが積まれていた。残りの三機はギャロップが牽引するカーゴに積まれていた。
　ギャロップの狭い士官室でバルザップ大尉はノーマルスーツのままで長々と椅子に座り、眉をしかめて煙草をふかしていた。狭い船室に煙草の煙りがもうもうとたちこめていた。
　と、ドアがノックされてナガイが入ってきた。ナガイは煙りに顔をしかめて顔のまわりの空気をかきまわしたが煙りが混ざっただけだった。
「換気したほうが良いのではありませんか、大尉」
　ナガイはそのまま部屋を横切って小さな窓を開けた。新鮮な冷たい空気が吹き込んできた。バルザップは煙草を灰皿で押し消した。
「地球はいいな。窓を開ければ空気が入ってくる」
「同感です、大尉」
「なにかあったのか、ナガイ。君は休息中のはずだが」
　ナガイは手にした紙をバルザップに渡しながら言った。
「大尉、ラクハン軍曹が・・・」
「ブーカが？なにかしたのか」
　ナガイはバルザップにジャイアント・バズの件を報告した。
「そうか。ドム用のバズーカか。かまわん、好きにさせとけ」
　意外なバルザップの答えだった。
「しかし、」
　ナガイにしてみれば、そのようなイレギュラーな行為は危険だった。彼はバルザップに反論しようとしたが、バルザップは抑えた。
「ナガイ、我々の次の任務だが」
　バルザップは短くなった煙草を灰皿の縁でもみ消した。灰皿の中は吸い殻が規則正しく詰め込まれており、バルザップはその隙間に吸い殻を押し込んだ。ナガイはバルザップの行為に神経質なことだと心のどこかで想いながら、聞き返した。
「は？任務ですか」
　バルザップは新しい煙草を取り出すと火をつけた。
「我々の次の任務は、木馬の迎撃だよ」
「木馬…」
　ナガイは言葉を失った。ジオンきってのエース、シャアが追いかけつつも仕留められず、ガルマ・ザビが機動一個中隊を率いて挑み戦死したうえに全滅に近い被害を受け、ランバ・ラルが新型モビルスーツで挑んで散っていった。その連邦軍の無敵のエース部隊をザクだけの我々で迎撃する。それはＤ中隊の終りを意味するとしか思えない。
　やっとのことで、ナガイは言葉を繰り出した。声がかすれていた。
「なぜ、なぜ、われわれが」
「上層では我々の部隊を高く評価している、という事だろう」
　バルザップは煙草を深く吸い込み、煙を吐いた。
「黒い三連星が宇宙から降りてきて木馬にやられたそうだ」
「黒い三連星がですか」
「青い巨星も赤い彗星も黒い三連星も木馬には勝てなんだ。我々はどうやって戦えばいい？」
　バルザップの弱気な言葉にナガイは驚いた。
「ど、どうやってとおっしゃられましても」
「俺もわからん。それにだ、オデッサは陥ちるぞ」
「お、陥ちますか」
「精練済みはもちろんのこと、半精練状態の特殊鉱物まで打ち上げられている。それにだ、地球軌道では撤退用のシャトルが用意されているし、施設の爆破の準備も行われている」
「よ、よくご存じで」
「命令だけでは、生き残れん。俺たちユーラシア軍団は負けるぞ。そして我々Ｄ中隊は勝てる見込みのない戦いに向かう。ならば駄目でもともと、ブーカのバズーカは試して見る価値がある。どうだ？」
「…」
　ナガイはうなずいた。
「我々の出発は夜だ。それまでに終らせるようにブーカに言っといてくれ」
　ナガイが部屋を出て言った後にバルザップはふたたび考え始めた。煙草の煙だけが濃くなってゆく。

☆

　連邦軍の進撃は予想以上に早く、シベルク中佐の必死の防戦にもかかわらず戦線は東へ移動した。ドナウ河を越えた時点で連邦軍は二つに別れ、ひとつはキエフのジオン軍特殊鉱山基地へひとつはオデッサ宇宙港へ。戦場はオデッサ宇宙港の西に移った。
　オデッサを基地とするジオン軍航空部隊は地対地ミサイルの輸送車両を発見次第、攻撃に向かったが、連邦軍の対地ミサイルがオデッサ宇宙港に降るのは時間の問題だった。シベルク中佐率いるモビルスーツの戦闘団はオデッサによらずキエフよりに撤退した。オデッサの防衛はオデッサ守備隊を主軸として行う。シベルク中佐はオデッサを攻略する連邦軍の側面を守備隊の活動に呼応して叩くつもりだった。オデッサを守りきれるかどうかより、宇宙港を機能させつつ、いかに戦闘を長引かせるかがシベルク中佐の戦いのテーマだ。戦闘開始から二十八時間を経過し、ジオン軍も連邦軍も双方に疲労の色が濃くなっていた。
　オデッサ防衛戦闘の砲声が遠くにかすかに響く中、Ｄ中隊のギャロップは北東へ出撃した。木馬は黒海の北東をキエフへ向けて移動していた。Ｄ中隊は他の迎撃部隊とともに木馬の北進を阻止し撃破するのだ。

☆

　ギャロップは最大巡航速度で夜の闇の中を移動していた。ギャロップのモビルスーツデッキの隣のパイロット待機室にブーカはいた。
　シートに深く腰掛けた彼女は眠そうな表情をしていた。少しやつれたようだった。かたわらにザクの運動解析シートと携帯情報機器が置いてあった。ジャイアント・バズを操作するためのカスタム・プログラムだ。それはジムニーが別れ際に調整してくれたプログラムだった。
　ラズィとハートゥが連れ立って待機室に入ってきた。手には湯気をたてているカップを持っていた。二人は見張りを後退する時間なので起きてきたのだ。
　ラズィはブーカに気付くと声をかけた。
「ブーカ、休息時間のはずだろ。寝たのか？」
　ブーカはラズィの方へ首を向けた。
「うん少し」
　ブーカは微笑みを浮かべた。ラズィは短く笑うとブーカと向かい合うようにシートに座った。ハートゥがその隣に座った。ラズィはつぶやくように言った。
「木馬だそうだ」
「そうね」
　ラズィはブーカを見つめた。
「どう思う？」
「むろん、やっつけるわよ」
　ブーカは笑みを浮かべながら腕を突き出し、曲げた。この腕でね、というジェスチャーだ。
「そりゃそうか」
　三人は黙ったまま少し時間が過ぎた。ブーカが口を開いた。
「あなたたちこれから対空監視？」
「あぁ」
「そう」
　ラズィはカップに入った高カロリー飲料を一口飲んだ。そしてカップを見つめたまま言った。
「この戦争が終ったら、ブーカは何するんだい？」
　ブーカはきょとん、とした。そして急に笑いだし、言った。
「なによ、突然」
「いや、戦争が終ったらブーカみたいな奴は何をするのかなって、興味があるからさ。で、何するんだい？」
　ブーカはちょっと考えて言った。
「作戦行動の前に夢を語ると殺されるわよ？」
「なんだよ、それ」
「まぁ、いいけど。私はテストパイロットになるつもりよ」
「あぁ、そリャいいかもしれない。ブーカらしいよ」
「そういうラズィは何するつもり？」
「俺は、ハートゥと一緒に整備屋でもやろうかと思ってる」
「整備屋？」
「あぁ。パイロットは戦争中だけでいいや。どっちかというとモビルスーツの整備のほうが自分に向いているような気がする。な、ハートゥ」
　ラズィの言葉にハートゥはうなずいた。ブーカは意外そうな顔をしていた。
「ふーん、そうなの」
「で、あのモーターサイクルをコロニーに流行らせるんだよな、ハートゥ」
　ハートゥは眠そうな顔でうなずき、
「そうです。バイクはおもしろいですからね。きっと流行ると思います」
　と、つぶやくように言った。
「流行るかしら？」
　というブーカの問いに
「流行りますよ」
　自信ありげにハートゥは断言した。
「はははははははは」
　ラズィは笑った。
「ハートゥはさ、この間のパーティで女の子と知り合いになったんだよな」
　ハートゥの眠たげな目が見開いた。
「な、な、な、何をいいだすんですか、ラズィさん」
「えー。ハートゥが女の子と。どんな子、どんな子」
　ブーカも目を輝かせてのってきた。
　ラズィはパーティの一件をブーカに話した。聞き終るとブーカはにやにやしながらハートゥの腕をつついた。
「わたしが大変な目にあっている間に。意外とやるのね、ハートゥは」
「そ、そんな」
　しどろもどろになりながらハートゥは首を振った。
「その子の名前聞いたの、ハートゥ」
「聞きましたよ」
「なんて名前？」
　ハートゥはそっぽを向いた。
「教えません」
「ぜんぜん教えてくれないんだよな。俺もなんども聞いているんだけどさ」
　ラズィが楽しそうにいった。
「どうして教えてくれないの、ハートゥ」
　ブーカもにこにこしながら尋ねたが、ハートゥはそっぽを向いたままだった。
　なおもブーカが追及しようとしたときに、グランヒッコリが部屋に入ってきた。グランヒッコリは三人を見ると声をかけた。
「ラズィ、ハートゥ、ちょうど良かった。時間だ」
　三人は顔を見合わせた。
「ハートゥ、助かったわね」
　ラズィとハートゥは連れ立って部屋を出ていった。代わってグランヒッコリがブーカの向かいに座った。
「楽しそうだな」
　ブーカは微笑みながら答えた。
「戦争が終ったらね、何しようかって話してたのよ」
「ふむ」
「ラズィとハートゥはモビルスーツの整備ですって。コロニーでモーターサイクルを流行らすそうよ」
「へぇ。整備屋かぁ。そりゃいいかもなぁ」
「グランはどうするの？」
「空間作業に戻るかな。軍に入るまでは宇宙空間作業で工作ポッドに乗ってたかね」
「グランもモビルスーツには乗り続けないのね」
「戦うのは、今だけでいいよ。ブーカはどうするんだい」
「私は、テストパイロットになるつもりよ」
「そうか。ブーカなら向いてるよ。ぴったりじゃないかな」
　グランヒッコリはザクの運動解析シートに気づいた。彼は手にとって眺めた。
「ジャイアント・バズはザク・バズーカのカスタム設定では扱えないのか」
　ブーカは顔をしかめた。
「そう。思ったより難しかったけど、ジムニーがあらかたやってくれたから。でね、」
　ブーカは席をたってグランヒッコリのとなりに座ると、一緒に解析シートを覗き込んだ。
「結局、装弾数を減らしてザクの運動性能が落ちないようにしたの」
「脚部懸架装置の調整は間にあったのか？」
「計算したら、地上ではね運動能力を落とさずに扱える弾数が三発が限度だったわ。三発以上装弾すると範囲を越えちゃう」
　ブーカは答えると目をしばたいた。グランヒッコリはブーカの顔を見つめた。
「寝てないんじゃないか？」
　グランヒッコリは心配した。
「うん、ちょっと計算がね、なかなかうまくゆかなかったの・・・でも今度は連邦のモビルスーツでしょう？」
「ブーカでも心配することがあるんだな」
　ブーカは眠たげな声で答えた。
「するわよ・・・なんか、グランの顔見たら眠くなったわ」
「仮眠ベッド使えよ」
「まだ、もうちょっと調べるから」
「ほどほどにしろよ」
　解析シートの半分をブーカに渡し、残りの半分のチェックをグランヒッコリは続けた。しばらくすると、すー、という寝息が聞こえた。見るとブーカはグランヒッコリの背にもたれかかるようにして眠っていた。解析シートは膝の上に落ちている。
「だから仮眠ベッドを使えと言ったのに」
　グランヒッコリはぼやいた。身体をずらしてそっとブーカを寝かし、ブーカの膝のシートを取り上げて代わりに毛布をかけた。そして解析シートを読み続けた。グランヒッコリが今してあげられる事といったらそれくらいしかなかった。

☆

　空は晴れていたが風が強かった。どこからか小鳥の鳴き声が聞こえていたが姿は見えない。
　グランヒッコリはザクのコクピットに座ったまま主スクリーンに映る光景を見つめた。
　グランヒッコリのいる渓谷は幅二百メートルほどで両側が切り立った崖になっていた。切り立った崖は蔓に覆われていて緑色の壁のようだ。
　その緑色の壁のわきにブーカのザクがあった。肩にジャイアント・バズ砲を構えていた。
　ジャイアント・バズは本来MS-09ドム用の兵装なのだが、ブーカは無茶を通して装備していた。汎用性の高いモビルスーツは武装を変えること自体は容易だが、本来の性能を落とさずになんでも装備できるわけではない。
　ザクにとってジャイアント・バズは重すぎた。そのためにブーカは装弾数を減らして装備していた。あのジャイアント・バズには弾が三発しか入っていない。それ以上積み込むと脚部の設定を変えなければならない。コクピットから調節できる範囲を越えてしまうのだ。
　そこまで調整するのは手間と時間がかかるのでブーカは装弾数を減らす選択をした。三発しかなくとも一発の威力が大きいので不都合はない。
　グランヒッコリはそのままカメラを廻した。ブーカ機のさらに先にバルザップのザクが立っていた。ザクマシンガンを構えていた。バルザップのザクのアンテナには一本の灰色の帯がついていた。彼の機体の指揮官マーキングはそれだけだった。
　バルザップは今回の作戦には悩んでいたが、今朝のブリーフィングでは明確な作戦指示を出し、悩んでいた素振りはすこしも見せなかった。
　ナガイ達のザクは見えない。彼の小隊はここから少し離れたところに陣取っている筈だった。
　予想ではこの曲がりくねった渓谷沿いに木馬は北上してくるはずだ。グランヒッコリは今朝のブリーフィングの光景を思い出した。

☆

　ギャロップのパイロット待機室にはＤ中隊のメンバーが勢ぞろいしていた。その外に一緒に行動する機械化歩兵中隊の指揮官もいた。バルザップは歩兵部隊の中隊指揮官とともに壁かけディスプレィの前に立って説明していた。
　壁掛けディスプレィには奇妙な形をした宇宙戦艦が映っていた。斜め前方から撮ったと思われる写真と三面図である。
　バルザップはディスプレィをちらりと見ると言った。
「これが連邦軍の戦艦だ。我々は木馬と呼んでいる。木馬はオデッサに向けて移動中であり、今回の作戦は、この木馬の行動を阻止することにある」
　三面図が拡大された。
「この戦艦は大気圏突入能力をもっている。また空中を巡航し戦闘する能力もある。二連装火薬式砲だ。あとメガ粒子砲を左右に二門ずつ装備している」
　ナガイが小さくため息をついた。バルザップはナガイをちらとみて話しを続けた。
「浮かぶ要塞だ。だが、しょせんは戦艦だ。我々が注意しなければならないのは、連邦軍のモビルスーツだ」
　画像が切り替わって三種類のモビルスーツの写真が現われた。
「木馬にはモビルスーツが三機だけ搭載されている。三種類あって、それぞれ一機ずつだ。タンク・タイプと火砲を二門装備した赤いやつ、あと盾を装備した白い奴だ。白い奴はビーム砲と接近戦用のビーム兵器を装備している」
　バルザップはそれだけ言うと黙ってディスプレィを見つめた。しばらく見つめていた彼は白いモビルスーツを指差した。
「噂は聞いていると思うが、この白いモビルスーツに気をつけろ。こいつに注意して木馬を叩く。いいか、木馬を叩くんだ」
　ラズィが何か言いたげな顔をしたが、口は開かなかった。
　ディスプレィが切り替わって地図が表示された。等高線がうねっていた。渓谷と幅三十メートルくらいの川が流れていた。
「今回の作戦にはギャロップ、我々の部隊、そしてパテルスタッツ特機歩兵隊が参加する」
　ディスプレィの等高線に光点が表われた。木馬をしめすシンボルだ。
「木馬は渓谷沿いに北上してくる。我々はこの地点で木馬を迎撃する」
　木馬の予想進路が表示され、その進路上に特機歩兵隊のシンボルが表われた。
「渓谷および渓谷の周辺は森林に覆われている。この地域に我々は潜み、木馬を待つ」
　ディスプレィ上の木馬が動きはじめた。
「木馬の接近に対して、まず、特機歩兵隊が攻撃する。この攻撃はミノフスキー粒子の散布も兼ねている。続いてＤ中隊第一小隊による攻撃を木馬の進行に合わせて実施、第二小隊は木馬の前面から攻撃、六機のザクによる挟撃とする。ギャロップは木馬と撃ち合う事を避け、砲撃による支援を行う」
　バルザップの言葉にしたがってディスプレィ上のシンボルが動いた。
　特機歩兵隊による襲撃をさけた木馬は第一小隊の待ち受けるエリアに入る。第一小隊の戦闘、その予測進路上から第二小隊による接近、戦闘。ここで木馬は前後から挟撃を受ける。
「戦闘後は木馬の後続部隊を避けて撤退する。以上が作戦の概要だ。ここまででなにか質問はあるか」
　ディスプレィを消したバルザップはメンバーを見渡した。ラズィが手を上げた。
「白い奴に、ザクは有効でしょうか」
　その質問はメンバー全ての疑問だった。ランバ・ラルもエース小隊「黒い三連星」も白いモビルスーツに破れているのだ。
　バルザップはこともなげに言った。
「ザクマシンガンの直撃でも連邦のモビルスーツは破壊されない。だが、効果がないわけではない」
「戦うにはどうすればよいのでしょう？」
「戦う必要はない。牽制できればいい。目標は木馬だ」
　ラズィは顔をしかめた。
　代わって手をあげたのはブーカだった。
「白いモビルスーツと出会った時にはどうすればよいですか」
　バルザップはじっとブーカを見つめた。
「逃げろ。牽制するときは二機以上で戦え」
　ブーカはにやりと笑って座った。
「我々は木馬を止める。我々が止められなければ、キエフの特殊鉱山基地が危うくなる。我々は作戦を果たさなければならない。全力をつくせ」
　全員が立ち上がって敬礼をした。

☆

　あのブリーフィングではグランヒッコリは最前列の端で黙って話しを聞いていた。
　結局、連邦の白いモビルスーツと出会った時は正面から戦うのを避けるしかない。だが、ラズィやブーカの顔はどうみても素直にさけるようには見えなかった。
　通信器が鳴った。
「来たぞ。特機歩兵隊から連絡がありしだい出るぞ」
　バルザップ機からの有線通信だった。
「ブーカ、準備はいいか。ジャイアント・バズは使えるか」
「使えます、大尉」
　バルザップ、グランヒッコリ、ブーカの三人は待った。
　すぐに特機歩兵隊からの通信が入った。
「木馬、ポイントＲ、オーケー、オーケー」
　バルザップはまたたきせずに通信を確認した。口を開きかけ、閉じ、そして、叫んだ。
「出るぞ！」
　バルザップ機が少し屈んでバーニアの噴射とともに飛び上がった。続いてブーカ機がゆっくり屈んだ。一瞬の力を溜めたザクはバーニアの噴射したガスと共に上へ飛び去った。
　グランヒッコリもスラスタペダルを踏み込み、ザクをジャンプ、主スクリーンの中で崖の草木が流れ去った。狙われるのを避けるために高く飛ばずに崖の上に着地した。崖の上は広葉樹がうっそうと繁る森だ。グランヒッコリはカメラを廻し、すぐに木馬が見つかった。
　巨大な木馬は空中に浮いていた。特機歩兵隊の攻撃と思われる爆発の火球をまといながらゆっくりと近づいてくる。
「接近する。グラン、ブーカの攻撃を援護しろ。ブーカ、いけるときはいつでも撃て」
「了解」「了解」
　三機のザクがブーカ機を真ん中に並んで近づいた。バルザップ達に気づいた木馬の主砲が旋回を始めた。木馬の前足が開いた。赤いモビルスーツが現われ、地上へ降下した。
　グランヒッコリが叫んだ。
「赤い奴がでたぞ、注意」
「弱いんでしょ、あれ」
　というブーカのつぶやきに
「弱ければここにはおらん！」
　バルザップの厳しい声が通信機から鳴り響いた。
　三機のザクは一団となって駆けていた。バーニアで短いジャンプを繰り返しながら矢のように木馬めがけて駆けてゆく。それにめがけ木馬の主砲が火を吹き、機銃座から閃光弾が降り注いだ。
　木馬の側面に降下した赤いモビルスーツは、前傾姿勢をとると肩に装備した火砲でバルザップのザクを狙った。
「赤い奴はそれほどでもないと言うが…」
　バルザップはザクを急停止させ、ザクマシンガンの狙いをつけた。続いてトリガーを引き絞ると、一連射分の弾が赤いモビルスーツに叩き込まれた。徹甲弾と成形弾が赤いモビルスーツの上半身に収束し、爆発のガスでけぶった。
「すべて当たるか。付合いがいいな、だが」
　ガスが消えるとよろめく赤いモビルスーツがいた。すぐに前傾姿勢をとり、撃った。バルザップはザクを急発進させ、赤いモビルスーツの砲撃を避けた。
「これか！」
　バルザップはザクを横飛びさせながら敵の力を改めて確認した。
　一方、グランヒッコリは木馬からの攻撃に手間どっていた。
「空中にいるだけでこんなに戦いづらいものなのか」
　木馬の主砲が火を吹いた。どん、と音がして土砂が舞い上がった。その土砂をくぐり抜けるようにグランヒッコリのザクは前進した。至近距離に弾を撒いている機銃があった。グランヒッコリは立ち止まり、木馬の中央下部機銃座に向けてザクマシンガンを撃った。
　グランヒッコリの射撃の間にブーカ機が前進する。バズーカの射程距離ではあるが、まだ足りない。
　木馬のもう一方の前足が開き、飛行機が飛び出した。戦闘機にしては大柄なそれはズーム上昇で空高く上って行った。
　赤いモビルスーツを撃っていたバルザップは戦闘機に気づくと苦い顔をした。
「見たこともない戦闘爆撃機だ、新型か」
　彼はつぶやくと通信器に向かって叫んだ。
「戦闘爆撃機がでた。対空を忘れるなよ」
「了解」
　バルザップはナガイとの通信回線を開いた。
「少し早いが、出てくれ。あと戦闘爆撃機がいる。気をつけろ」
「了解、第二小隊でます」
　通信を切ったバルザップは空を見た。戦闘爆撃機がグランヒッコリとブーカを狙って急降下していた。バルザップはザクマシンガンで牽制した。戦闘爆撃機はビームを放ったが、当たらなかった。
　ビームに舐められそうになったグランヒッコリは心臓がきゅっと縮まった。彼は思わずつぶやいた。
「ビーム兵器だと、なんてもの作るんだ」
　バルザップが応える。
「当たるな！・・・ブーカ、まだか」
　戦闘爆撃機の一撃で乱れたバルザップ達に木馬からの射撃が集中した。連邦の赤いモビルスーツが近づき、肩の火砲が火を吹いた。
　バルザップが応戦した。
「赤いのは引きうける、グランヒッコリはブーカを支援」
「了解」
　バルザップは斜めに飛びながら赤いモビルスーツに近づいた。側面に移動したバルザップ機の動きについてゆけなかった赤いモビルスーツは無防備な脇腹をさらした。バルザップはそこにザクマシンガンを叩き込んだ。
「どうだ」
　だが、赤いモビルスーツはよろめいただけだった。
「まだだめか」
　バルザップは横飛びして場所を変えた。
　バルザップと赤いモビルスーツは木馬から離れはじめた。グランヒッコリとブーカは木馬の左後方を追走する。ブーカはザクを駆けさせながら木馬のむき出しのエンジンを狙っていた。
　そのブーカを狙う機銃座は即座にグランヒッコリがザクマシンガンで叩いた。戦闘爆撃機はしつこくブーカ機を狙ったが、グランヒッコリはその都度ザクマシンガンを空へ向けて掃射した。戦闘爆撃機が上空をパススルーし、上昇を始めた瞬間、ブーカは叫んだ。
「グラン、やるわ。援護を」
「了解」
　ブーカはザクを止め、照準を修正した。迷わず攻撃を実行、ブーカ機のジャイアント・バズが火を吹いた。弾体がほぼ直線に木馬へ向かって飛ぶ。
　木馬は回避運動をとった。木馬の後部ノズルから大きな熱核ジェットの光が噴き出した。
「あっ」
　ブーカのうろたえた声がした。弾は吸い込まれるように光の中へ消えた。そして木馬の後部ノズルの直後で赤い爆発の炎が上がった。爆発の炎球が熱核ジェットの光の中で盛り上がり、崩れた。
「ちっ！」
　再び木馬を追って移動を始めたブーカにつれてグランヒッコリも移動する。

　一方、ナガイ達は渓谷からでていた。木馬の進行方向数キロの地点で木馬の進路にむけて移動していた。木々の間を密やかに移動する。
　先頭をナガイ機が、二十メートル程あとに続いてラズィ機が、最後をハートゥ機が続いた。ラズィ機はザクバズーカを装備し、他の二人はザクマシンガンだった。
　ラズィは主スクリーンに映る木馬を見つめた。爆発音や砲撃の音が響いてくる。派手にやってるな、と思いつつ、木馬の進路が右へそれてゆくのには困った。第一小隊の攻撃が偏っているせいだ。木馬の進路に合わせて第二小隊は移動距離を伸ばさなければならない。
　ナガイの声が通信器から響いた。
「急げ、木馬の前面を抑えるぞ」
　ラズィは了解、と言おうとした。その時、赤外線センサの警戒音が響いた。サブスクリーンを切り替えようとしたラズィの視界の端でナガイ機の光線が横切った。ナガイのザクの頭部が肩ごと吹き飛んだ。
「？」
　首が無くなったナガイのザクはよろよろと進むと横倒しにどう、と倒れた。
「敵だっ！」
　倒れたナガイ機の肩が爆発した。その光に照らされたラズィは大声で叫ぶとサブスクリーンに敵を探した。カメラが切り替わり、それは現われた。
「白いモビルスーツ！」
　それは右手の八百メートル先にいた。連邦の白いモビルスーツがビームライフルを構えていた。砲口がラズィの方を向いた。ラズィは反射的にスラスタ・ペダルを踏み込んだ。横飛びに回避、白いモビルスーツはラズィ機に急速に接近、ラズィはザクバズーカを白いモビルスーツに向けて放つ。ラズィは二連射した。爆発の炎と煙が白いモビルスーツを覆った。
「白が出た。攻撃を受けている。ナガイ機は大破。ハートゥ、ハートゥ、援護を頼む」
　ハートゥはザクマシンガンを構えたままじりじりと進んでいた。バズーカの爆煙の向こうに白いモビルスーツがいるはずだが、センサが捉えられない。
　ラズィは爆煙を中心に右回りに移動した。ハートゥと二人で挟むつもりだった。移動しながら通信器に向かって叫んだ。
「ハートゥ、挟むぞ」
「了解」
　ハートゥの声を聞いて、落ち着ついてやがる、とラズィは思った。
　ナガイの機体は左肩が吹き飛び、無くなった首の代わりに炎があがっていた。
「ナガイ少尉、少尉、応答してください」
　ナガイの返事はない。
「くそう・・・ハートゥ、敵が背中を見せたら攻撃しろよ」
　ハートゥの声が聞こえた。
「了解。でも見えません、まだ発見できません」
「落ち着いて探すんだ」
　ラズィは主スクリーンの表示を追っていた。突然、爆煙のなかから白いモビルスーツが飛び出した。シールドを構えてまっすぐにラズィへ向かってきた。ぐんぐん距離をつめてくる。
「やるきかよ！」
　ラズィはさらにバズーカを連射した。一発目の弾体をかわされ、二発目が盾に命中した。至近距離の爆発に爆炎が主スクリーンいっぱいに拡がった。
「やったのか？」
　煙を突き抜けて白いモビルスーツが現われた。それは折れた盾ごとぶつかってきた。
「は、速い」
　白いモビルスーツの体当りにラズィのザクははじき飛ばされた。そのまま仰向けに地面に叩きつけられる。コクピットのなかでラズィは翻弄された。
「がふっ」
　ラズィは倒れたザクのコクピットで仰向けになっていた。激しく息をしながら片目を開くと主スクリーンには白いモビルスーツが大きく映っていた。白いモビルスーツの頭部がラズィをまっすぐに見ていた。
　ラズィはザクを起こそうとしてパワーをかけたが、もがくだけで動けない。白いモビルスーツが倒れたザクの腰のを脚で抑えていた。
　白いモビルスーツはゆっくりとビーム砲を構えた。
「や、やられる」
　どん、どん、どん、と砲声がした。白いモビルスーツの頭部が右を向いた。サブスクリーンにザクマシンガンを連射しながら突進してくるハートゥ機が見えた。
「ハートゥ、無理だ、よせ」
　ラズィは叫んだ。白いモビルスーツはラズィ機に向けていたライフルを素早くハートゥ機に向けた。ハートゥは構わずに撃ちながら突進してくる。
「ハートゥ、よせ、下がれ、下がれ！！」
　ラズィは絶叫した。
　白いモビルスーツのライフルから赤い光条が伸びた。
　ラズィの見ているサブスクリーンの中でハートゥ機のコクピットが光に貫かれた。爆発。
　ラズィは獣の声を上げた。真っ赤になったラズィは起き上がろうとするザクの動作をキャンセルした。倒れたままヒートホークを起動しようとした。スクリーンに誘爆の警告がでた。ラズィはさらに攻撃を指示、ザクはヒートホークを構える運動を始めた。
　白いモビルスーツはザクの動きに気づき、ライフルの砲口がラズィを向いた。

☆

　バルザップは赤いモビルスーツを牽制しながらナガイを呼び出していた。
「ナガイ？　ナガイ？」
　バルザップはチャンネルを切り替えた。ラズィ、応答なし。ハートゥ、応答なし。
「やられた、か？」
「白いモビルスーツ発見」
　グランヒッコリの叫び声がした。バルザップは唇を噛んだ。白い奴が出てこないと思ったら、奇襲とは。奴らは戦い慣れしている。こちらはナガイたちを失っては不利だ。
　バルザップは後へジャンプしながら叫んだ。
「第二小隊が全滅した。下がるぞ！」
　バルザップは木々の間に着地し、追い撃ちしようとした赤いモビルスーツに向けて射撃を加えた。サブスクリーンを見ると白いモビルスーツが空の高みからこちらに向けて降下していた。ライフルを構えていた。
「しまった」
　白いモビルスーツに狙われた。あわてたバルザップはザクを飛ばした。横飛びに飛んで着地した瞬間に空から赤いビームが一閃した。ビームはバルザップ機の左脚部付け根を貫いた。バルザップ機ははじかれたように倒れた。戦闘爆撃機が急降下から引き起こしをかけて、倒れたバルザップ機の上をパスした。
　白いモビルスーツが森の向こうへ降りた。バルザップ機の脚部が爆発し、炎が湧き上がった。
　グランヒッコリはザクマシンガンを構えたまま後方へ下がった。
「大尉がやられた！」
　グランヒッコリはＤ中隊は戦闘力を失ったと思った。圧倒的な敵の戦闘力だった。後退しなければブーカも自分もやられる。下がらねば。
「大尉、大尉、応答してください」
　グランヒッコリの呼び掛けに大尉の応えはない。その時、ブーカの虚ろなつぶやきがグランヒッコリの耳に入った。
「ラズィが死んだ。ハートゥが死んだ」
　死んだかどうか、わかるはずないではないか。パイロットが無事なケースはいくらでもある。
　グランヒッコリは迫ってきた赤いのをザクマシンガンで撃ちながら叫んだ。
「何を言ってるんだ、ブーカ、下がるぞ。聞いているのか、ブーカ！」
　白いモビルスーツが森の向こうからジャンプ・アップ、空中でビームライフルを構えた。グランヒッコリは低く構えてザクマシンガンを連射した。白いモビルスーツはマシンガンを避けて急角度で森の中へ降りた。そのまま出てこない。
「どこだ？」
　グランヒッコリは後退を中断した。ブーカが動かないのだ。
「ブーカ、ブーカ、どうした？後退するぞ」
　森の中から赤い光が飛び出した。グランヒッコリ機の右の空間を薙いだ。狙われていることに気づいたグランヒッコリはザクを横飛びさせた。横飛びすると空からビームが降って来た。戦闘爆撃機だ。目立っているつもりはないが、動きまわるグランヒッコリめがけて攻撃が集中する。
　グランヒッコリはセンサーを空に向ける間もなく、森から白いモビルスーツが飛び出した。地をはうような低いジャンプだ。グランヒッコリはザクマシンガンを構えて撃った。だが、白いモビルスーツの狙いはグランヒッコリではなかった。ブーカ機だった。
　ジャイアント・バズを構えたブーカ機は動かなかった。ブーカは呆然としていた。ブーカにはラズィとハートゥが死んでしまったことがわかった。二人が殺されたことがわかった。
　ブーカは自分の一部が、突然消えてしまったような、さびしさとうつろさを感じた。心にぽっかりと穴があいたような。私はラズィにもハートゥにも二度と会えないのだ、二度と。別れを認識した瞬間に怒りと悲しみが爆発した。ブーカは絶叫した。
「うああああああっ！」
　電光の速さでジャイアント・バズを連射したブーカは、バズーカを投げ捨て、腰からヒート・ホークを引き抜いた。
　バズーカの弾体を上半身で避けた白いモビルスーツはビームライフルを連射しながら着地した。赤い光条がブーカ機をかすめた。その隙にブーカ機はバーニアを全開にして白いモビルスーツへむけて突進した。
「ブーカ、無茶だ！」
　ブーカ機はヒートホークを振りかぶった。白いモビルスーツは折れた盾を構えた。ブーカ機のヒートホークが振り降ろされた。盾が上がってザクの腕を止めた。白いのはビームライフルを投げ捨てると、腕を肩に回し、背中からビームサーベルを取り出した。ブーカはザクの左腕を白いモビルスーツの腹部へ叩き込んだ。効果なし。
　ビームサーベルが一閃するのとブーカ機が飛び去るのは同時だった。伸びたビームサーベルの刃がブーカ機の右腕をヒートホークごと切り落とした。
「くっ！」
　飛び退きながらブーカはスラスタ・ペダルを踏み込んだ。さらにバックジャンプして後退した。白いモビルスーツはブーカ機を追おうとして構えた。そこへザクマシンガンの射撃が降り注いだ。グランヒッコリがブーカの後退を援護したのだ。白いモビルスーツは一瞬動きを止めたが、後ろへジャンプした。空中で素早く向きをかえ、森の中へ消えた。
「退いた、か」
　グランヒッコリはザクマシンガンを撃つのを止めた。
　木馬は戦闘の間に遥か先へ進んでいた。
　急に静かになった森の中でグランヒッコリは安堵の息を吐いた。

☆

　グランヒッコリはザクで戦場を巡った。連邦軍の後続部隊が現われる前に味方の救出をする必要があった。
「ブーカ、大丈夫か？」
　グランヒッコリは動かないブーカ機を心配した。
「流体パルスシステムの緊急遮断がうまくいった。爆発の心配はない」
　ブーカの無表情な声が返ってきた。
「ではギャロップを呼んでおいてくれ。私は戦場の様子を見てくる」
「了解・・・グラン？」
「ん、何か？」
「ラズィもハートゥも死んだわ」
「・・・なぜわかる？」
　グランヒッコリはザクを前進させた。丘を越えてゆくとバルザップ機の残骸が燃えていた。そしてバルザップが木立から現われるとグランヒッコリへ向かって手を振った。
「大尉、無事でしたか」
　グランヒッコリはコクピットハッチを開けて身を乗り出した。バルザップは大声で叫んだ。
「足をひねったが、大丈夫だ。グラン、どうなった？」
　グランヒッコリは降りながら叫んだ。
「ブーカが無事です。ザクは修理しないと使えませんが」
「ナガイ達はどうだ？」
「これから見にゆきます」
　バルザップはグランヒッコリのザクの手に乗りこんだ。
　北方へ向かって数キロ移動したところで燃えているラズィ機とハートゥ機の残骸が見つかった。巨大なザクがフレームを残して燃えていた。せめて遺体はと探そうとしたグランヒッコリに向かってバルザップは首を振った。
　ナガイのザクは横倒しになって転がっているのが見つかった。ザクのコクピットは焼けただれ、かつてナガイだった焦げた物体がねじれていた。
「…」
　ナガイのザクを爆破してからグランヒッコリとバルザップはギャロップの待つ地点へ戻った。
　すでにブーカのザクはギャロップに格納されていた。
「生き残ったのは三人か」
　力なくバルザップはつぶやいた。
　Ｄ中隊は壊滅した。

☆

　陽は落ちて夜空には月が出ていた。雲が多く月が雲間に隠れる度に辺りが闇に閉ざされる。
　Ｄ中隊を乗せたギャロップは連邦軍の部隊を避けながら南へ向かっていた。闇の中をギャロップはひたすら南へ走り続けた。
　ギャロップのモビルスーツデッキには二機のザクが格納されていた。扉に近く格納されているのはグランヒッコリの機体だった。その後ろに腕を失ったブーカの機体があった。ブーカの機体は艇内の修理は不可能でオデッサの整備ハンガーに運び込まねばならない。
　グランヒッコリはモビルスーツデッキに入ると、あたりを見回した。そして整備用のゴンドラに気づいた。思ったとおり中にはブーカが座り込んでいた。
「ここにいたのか」
　グランヒッコリはやさしく言った。
　ブーカはゆっくりとグランヒッコリを見上げた。目が赤い。彼女はぽつりと言った。
「死んでしまうのね」
　グランヒッコリは応えずに、ゴンドラの外側に腰をおろした。
「戦っている最中にわかったの、もう二度と会えないって・・・人が死ぬのは何度も見たけど、こんなに悲しいのは初めてよ・・・」
　ゴンドラの中から鼻をすする音がした。グランヒッコリは空中を見つめていた。
　ブーカは黙り込んだ。時々、鼻をすする音だけが響いた。
「モビルスーツ・パイロットだからな。戦場の生死は運次第だ」
　ブーカの鼻をすする音がやんだ。しばらくしてブーカは吐き出すように言った。
「仇をとりたかったけど、相手にならなかった・・・あの白い奴！次は沈めてやる」
　グランヒッコリはブーカの言葉にぞっとした。怒りと憎しみがこもった声だった。
　グランヒッコリは言った。
「戦争だよ、これは戦争だよブーカ」
　ブーカの応えはなかった。
　デッキのスピーカからグランヒッコリを呼ぶ声が響いた。
「グラーグ少尉、グラーグ少尉、ブリッジへ」
　グランヒッコリは立ち上がるとモビルスーツデッキを出ていった。後には独りブーカが残った。

　ブリッジではバルザップとギャロップの艇長がいた。
「どうかしましたか、大尉？」
「あぁ、グランか。見ろ、あれを」
　バルザップはスクリーンを指差した。そこには移動中の奇妙な部隊が映っていた。
　マゼラトップをのせて武装したカーゴが一台。あとはザクを乗せたトレーラが一台。たったそれだけの部隊だった。
「敗残兵の集団ですか？」
「それが、ランバ・ラル部隊の識別信号なのだ」
　バルザップはわけがわからないという表情をした。ギャロップの艇長も付近で作戦行動をしている部隊などないという点で同意していた。目の前の部隊はどこか変だった。
　と、見ている前で部隊の移動が停まった。
　ブリッジの通信士が通信器を取って艇長に渡した。
「あの部隊からです」
「なんだ？」
「尋ねたいことがあるそうです。どうされますか？」
　艇長はバルザップをちらと見ると言った。
「こちらのモニタに出してくれ。こちらも船を停めろ」
　バルザップは首をかしげた。
「尋ねたいこと？見当もつかんが」
　スクリーンに小柄な士官が映った。
「宇宙攻撃軍木馬討伐部隊タチ中尉です」
　バルザップが応えた。
「こちらはルーマニア軍所属のＤ中隊だ。木馬と戦って壊滅状態だ。我々になにか用か？」
「こちらも木馬を追っているのです。貴官が接触した時の木馬の位置と移動方向を教えていただけませんか？」
「木馬を追っているのか。ランバ・ラル大尉の仇討ちか？」
「シベルク中佐の了解はとってあります」
　突如、スクリーンに割り込んできたのはほっそりとした女性だった。色の違うノーマルスーツを着ていた。
「あなたは私たちに何を言わせたいのですか？」
　女性はバルザップを見つめた。バルザップはこたえた。
「他意はない。ランバ・ラル大尉の識別信号を使っているので興味があっただけだ」
「私たちは木馬を追っています。最新の情報が欲しいのです」
　バルザップはオペレータに戦闘記録を転送するように指示した。
「我々の部隊はたった十分の戦闘でザクを五機失った。そのうち四機は白いモビルスーツ一機にやられた。あなたたちはその装備で戦うのか？」
「そうです。私たちは木馬を沈めるつもりですよ」
　女性は微笑んだ。戦闘記録の転送が終った。
「情報提供ありがとう。無事オデッサへ戻れるますように」
「幸運を」
　スクリーンが消えた。止まっていた奇妙な部隊は再び前進を始めた。
　グランヒッコリはバルザップに尋ねた。
「あの女性は？」
「軍属ではないな。だが指揮官は彼女だな」
　バルザップは遠ざかって行く部隊を見つめた。その寄せ集めのような奇妙な編成にバルザップは戦争に負けたことをひしひしと感じた。
　ギャロップはふたたび前進を始めた。

　それから数時間後、Ｄ中隊はオデッサ陥落の知らせを受けた。
　ギャロップは進路を変更し、ドニエプル川沿いのニコポリ基地宇宙港を目指した。

☆

「バルザップ大尉は残られるのですか」
　グランヒッコリは驚いた。この、ユーラシア大陸に残って何が出来るのだろう。
　グランヒッコリに向かってバルザップは首を振った。
「グラン、俺は地球で部下を失った。俺だけ宇宙へあがれん」
　バルザップはそう言ってグランヒッコリの肩を叩いた。
「おまえもブーカも宇宙の部隊だ。地球での任務は終了した。原隊復帰を命ずる・・・ブーカの様子が変だ。グラン、しっかりついてあげろよ」
　グランヒッコリはうなずいた。ブーカはラズィたちが死んでから沈黙を続けていた。
「大尉はここでどうなされるのですか？」
「アフリカへ行く。マッドアングラー隊が黒海経由で脱出経路を確保している、それを使う」
　バルザップは時計を見た。
「もう時間だぞ」
　バルザップはブーカのそばに行くとブーカの肩を叩いた。
「ブーカ、俺達は軍人だ。しっかりしろ！　グラン、ブーカ、死ぬなよ」
「大尉も・・・」
「おーい、宇宙へあがるんだろ、早く船にのれ。もう出発するぞ」
　シャトルのハッチから乗組員が叫んでいた。グランヒッコリはぽつんと立っていたブーカをうながすとバルザップに敬礼した。そして共にシャトルへ向かった。

　バルザップが見送るなか、シャトルはまばゆい光と噴き出す煙の柱と共にぐんぐん空へ昇っていった。

☆

　ニコポリのジオン軍基地を目指してドニエプル川沿いに北上する連邦軍の歩兵部隊があった。装甲兵員輸送車がゆるゆると走り、その後を歩兵たちがぞろぞろついてゆく。装甲車の上にもまた兵士が鈴なりに乗っていた。
　その装甲車上の兵士達の中に自動小銃を抱えてうずくまっている兵士がいた。彼は鉄兜を深くかぶってうなだれるように下を向いていた。
　太陽が雲間から現われ、秋の日差しが兵士を照りつけた。
「んー」
　兵士はもっそりと首を上げた。汚れた包帯で巻かれた額の下にくたびれた目があった。兵士はラキアンだった。
　ラキアンはまぶしさに目を細めながら傷だらけの右手をかざした。雲のすきまから光の点が宇宙へ昇って行くのが見えた。
　あの光は引き上げのシャトルだろう。ラキアンはジオン軍が撤退したことを知った。
「帰ぇれ、帰ぇれ」
　ラキアンは光をにらみながらつぶやくと首を落とした。太陽がまぶしい。
　装甲車はゆっくりと兵士達の群れと共に乾いた道を進んでいった。

エピローグ

　連邦軍の圧倒的な物量の前にジオン軍は後退を重ねた。マ・クベ大佐の切り札であった新型モビルスーツ部隊も戦況をくつがえす程の効果はなかった。
　防衛線が破れ戦いの先が見えたところでマ・クベ大佐は撤退を決意した。ザンジバル級巡洋艦でキエフの特殊鉱山基地を脱出した。後に残された基地は徹底的に破壊した。特殊鉱山基地を連邦軍に渡すわけにはゆかなかったのだ。
　マ・クベ大佐の撤退によりジオン公国軍ユーラシア軍団は崩壊した。
　混乱する宇宙港から将兵をのせたシャトルが次々と離昇していった。衛星軌道ではルナ２の連邦宇宙軍とジオン軍グラナダの艦隊が撤退シャトルを巡って戦闘を繰り広げた。
　グランヒッコリとブーカは無事にソロモン宇宙要塞への軌道にのった。

終