ローレライのモビルスーツ格納コンテナ。収容されたブーカのザクはハンガーに固定されていた。狭いコンテナの中はそこかしこから白いライトで照明され、その光の中央のブーカ機の周りにノーマルスーツ姿が五人、固まって浮かんでいた。灰緑色のノーマルスーツはローレライの整備兵たちだった。ひとつだけ深緑色のノーマルスーツ姿があったがそれはグランヒッコリだった。彼らは動かないザクを調べていた。
整備員のひとりがバーニア周辺の整備ハッチを開いて覗き込み、メンテナンス用の接続コードを引き出すと手元の情報端末につないだ。手慣れた様子でキーを叩き、整備主任は唸った。
「使いすぎたんだ。主バーニアも補助バーニアもいかれちまってる」
整備主任が携帯端末の画面を指差した。彼のヘルメットのバイザーに端末の画面が白く映りこんでいた。彼が指差すままグランヒッコリが画面をのぞくとカラー表示されたグラフには温度が急上昇する様子が時系列で表されていた。
「レコーダーによると加熱警告が出てからも最高出力で使いつづけている。Ｒタイプのバーニアは総推力があるぶんオーバーヒートしやすいんだ」
整備主任の言葉に別の整備兵がうなずいた。
「放射による冷却には限度があるからな」
整備主任は言葉を続けた。
「特にザクの熱容量は充分とはいえん。出力が上がっても機体サイズはかわらないからな。…少尉、バーニアの交換だけで済むかどうか、調べてみないことにはなんともいえない。流体パルスシステム全体がくたびれている。動力伝達モジュールにも熱によるひずみがある。正直ここまでザクを使い切ったことにはびっくりしているよ」
整備主任は端末を隣の兵に預けた。
「いずれにせよ、このザクは使えん。出撃は多分無理だ。試してはみるがね。グラーグ少尉、ラクハン軍曹にはこんな乗り方をしないように注意してくださいよ。まぁ今回は仕方ないけれど」
整備主任はブーカに無茶な操縦をするな、と言っているがグランヒッコリにもそんな目に部下を会わせるなともいっていた。確かに、ブーカ独りに三機のジムを相手させたのは指揮官であるグランヒッコリの落ち度だろう。グランヒッコリはそれは自覚していた。予備のザクは戦隊に無い。
「わかった」
グランヒッコリはうなずいた。整備主任はわずかにうなずきグランヒッコリから離れた。
ザクの整備ハッチを開いて覗き込む整備兵たちを後にグランヒッコリはコンテナから出てブーカの元へ向かった。
第九八哨戒戦隊は艦と艦の距離をとって縦列を組み地球低軌道を遊弋していた。シャトルの護衛任務を成功させ、アドラ隊による敵艦隊襲撃に成功してから三時間が経過し、艦隊は警戒態勢のまま軌道を巡る。敵の新型モビルスーツの残骸を手に入れることは出来なかったのが残念だった。その後、ソロモンや地上の基地からは定時通信だけだが、シャトルを襲撃した連邦艦が軌道から脱したという報告はなかった。
モビルスーツ・コンテナから出たグランヒッコリは船内の医務室へ向かった。医務室は白い壁と白いキャビネットや白い備品で整備されており船内で最もきれいな一角といえた。グランヒッコリは深緑色のノーマルスーツで入ることがためらわれたが自動扉のスイッチを押した。耐圧ドアが重く開き、白いまぶしい室内へグランヒッコリは入った。
部屋の奥、机に向かっていたドクターがグランヒッコリへ振り向いた。
「グラーグ少尉か。ラクハン軍曹の件かね？」
グランヒッコリはヘルメットを抱えたままドクターの前に立った。
「そうです」
「鎮静剤が効いたようだ。落ち着いたようだよ」
戦闘後、グランヒッコリのザクに曳航されて帰還したブーカはモビルスーツから自力で降りられなかった。震えていた、とグランヒッコリはブーカの様子を思い出した。口を固く結んだブーカ。あれだけの戦果を上げたらば、とグランヒッコリは想像する。今までだったらブーカは高らかに笑うはずで、震えるはずがない。グランヒッコリはわからなかった。
ドクターは診断書をグランヒッコリに手渡した。
「戦闘時の高ストレスによる一時的な錯乱。戦えないほどじゃない、と私は思うよ」
軽く目を通したグランヒッコリはたずねた。
「…彼女は戦えないと、いいましたか？」
「いや、言ってない。なんにも、ね」
グランヒッコリは医務室を出てパイロットの控え室へ向かった。
ブーカに会って話をしなければならない。グランヒッコリが思うに最近の様子は変だった。それと今回の戦闘の後の様子に関係があるかどうかグランヒッコリにはわからない。しかしおかしいブーカをザクに乗せるわけには行かない。硬い表情のままグランヒッコリはパイロット控え室に入った。
控え室にはティエンがいた。モビルスーツの戦闘教本を手にしてじっと読んでいたと思うと、宙を見つめて右手で飛行するモビルスーツの動きをトレースし、違うというように目を固く閉じて首を振り教本に目を戻す。
そこでグランヒッコリが声をかけた。
「ティエン、ブーカを知らないか？」
「あ、少尉」
ティエンは慌てて立ち上がろうとし、その慣性で身体は天井を目指して飛び上がろうとし、ティエンはじたばたと手足を振った。
「ブーカさんなら、休憩室です」
「そうか。ティエン、頑張りすぎるとへばるぞ」
「はい！ ほどほどにします」
斜めに浮かんだままティエンは敬礼を返した。グランヒッコリは苦笑しながら控え室を後にした。モビルスーツパイロットとしてティエンに必要なことは教本を読むことではなさそうだ。
休憩室では、ブーカはブーツのマグネットを切って宙に浮いていた。ただ浮いている。
「ブーカ」
グランヒッコリの呼びかけにブーカは無言で振り向いた。小さく唇を開いたが、声はなかった。
「どうだ、具合は？」
ブーカは唇を開きかけ、閉じ、しばらく沈黙し、唇を開いた。
「もう、いい。大丈夫よ。グラン」
グランヒッコリはブーカの側までゆき、宙に浮く無表情なブーカを見つめた。
「なにが、あったんだ？」
ブーカは目を閉じて首をかしげた。ほつれた銀色の髪がそよいだ。二人はしばらく黙ったままだった。
不意にブーカの唇が開いた。
「会ったのよ」
「なにが？」
ブーカは目を開いて言った。
「ラズィとハートゥに」
「え？」
「ラズィとハートゥよ」
「会った？ 彼らに？？」
「会いたがってたわ」
ブーカが笑うような泣いているような表情を見せた。が、一瞬で消えた。背筋に寒気を感じたグランヒッコリは思わず声高に問い返した。
「ラズィもハートゥも死んだじゃないか。何を言ってるんだ、大丈夫か」
「大丈夫よ。狂ってると思う？」
「…」
ブーカはグランヒッコリから視線を外して、窓を見た。小さな窓からは厚い強化ガラスを通して地球の夜が望める、だがブーカの目の焦点はより遠くを見ていた。
「さっき戦闘…もうだめかと思ったけれど、ハートゥがね、教えてくれた。おかげで死ななくて済んだ」
「ブーカ…」
「…なんてね。オデッサの白いモビルスーツ憶えてる？ …強かった。次にあれに出会ったら死ぬ、と思ったらなにもかも怖くなって」
ブーカの声が小さくなった。グランヒッコリはブーカの言おうとしていることがわかる。が、しかし。
「オデッサからずっと怖かったのよ、本当に怖かった、とても。…でも、今は大丈夫」
「大丈夫？」
ふたたび振り向いたブーカは歌うように叫んだ。
「簡単なことよ。今日見たでしょ、やっつければいいのよ。私に向かってくるものは殺してしまえばいい。それだけのこと、それで私は死ななくて済む」
大事なものを見つけた子どものような、ブーカの表情にグランヒッコリは背筋が寒くなった。ね、大丈夫でしょ、グラン。ブーカの表情はそう言っていた。グランヒッコリにとってブーカが自信をもってくれてたほうがよかったが、不安を感じた。確かめないほうがいいかもしれない。けれど確かめないほうが危険だとグランヒッコリは思った。
「今は、ブーカは、あの白いモビルスーツが怖くなくなったのか、なぜだ？」
ブーカはじっとグランヒッコリを見つめ、低い声で言った
「白いのが強いのか私が弱いのか、そんなことは問題じゃないのよ。ここでは殺した方が生きているの。だから、」と言葉を切った。
「私はどんな手を使ってでも殺す側にいる、いつづける。でないと私は死ぬ」
それは、怖いか？という問いに、怖がることは意味が無い、と応えたことで、ブーカらしくない結論と感じた。
「その、君の言葉と思えないが」
「そう？」
ブーカはグランヒッコリの目から視線を外し、言った。
「たしかに今までと違うかもね」
グランヒッコリはブーカの顔を見つめた。ブーカの青い瞳は伏し目がちまぶたの陰に隠れている。
モビルスーツ乗りであるからには死ぬ可能性はある。とはいえモビルスーツは旧兵器に対して強力な新兵器であり、偶然に死ぬ恐怖はあるにしてもその確率は低い。パイロット達は、パイロットの能力がマシンの性能以上の価値を持ち、パイロット次第で奇跡のような戦果をあげる事が可能なことを知っているし、だから敵がモビルスーツを投入することの意味も知っていた。彼我のパイロットの技量が隔絶している場合は、死ぬことが偶然ではなく必然に近くなる。それは白いモビルスーツと戦うことで実感として迫ってきた。その恐怖は無力な旧兵器で新兵器を操る敵と戦うそれと同じだ。モビルスーツのパイロットの間で共有する恐怖だ。もしかすると中世の戦士が感じる恐怖と近いかもしれない。
白いモビルスーツに対してそういう恐怖を感じる。グランヒッコリも死ぬ恐怖はあるが、ルウムで戦艦に向かって行ったときの恐怖のほうが大きかった。ブーカはルウムを体験していない。この間の白いモビルスーツによってはじめて叩かれたのだ。だから、恐怖に混乱しているのだ。グランヒッコリはまじまじとブーカを見た。
恐怖は、ブーカの中から消えていない。しかしパイロットとして戦えるように、恐怖とともにあることを受け入れたのだろうか。だが、何かか引っかかる、とグランヒッコリは思った。
再び訪れた沈黙の後にグランヒッコリは言った。
「ブーカ、休息を取ることを命ずる。次の待機は免除する」
グランヒッコリは口調を変えた。
「眠れよ、ブーカ。疲れてるんだよ」
ブーカはブーツのマグネットのスイッチを入れ、腕を伸ばしてグランヒッコリの身体につかまり、身体をひねった。両足を床におろし一歩離れてからブーカは敬礼した。
「了解。休息に入ります。…ありがとうグラン。しばらく休むわ」
ブーカはちょっとだけ微笑み、休憩室から出ていった。グランヒッコリは後ろ姿を見送った。
淡い地球光をうけてゆっくりと回転する巡洋艦クリストバルコロンはリック・ドムの襲撃をうけて傷ついていた。近距離でたてつづけに爆発を受けた塗装は黒く炭化し、船体は黒と濃紺のまだら模様となっていた。そのまだら模様の船体のモビルスーツの離発着用ハッチ前の甲板には弾痕だらけのジム、ランドルス機と肩を切り裂かれたウェイン機がワイヤーで荒っぽく固定されていた。そのまわりを作業用宇宙服を来た一団、ルナ２から同乗してきた技術士官達が器材をかかえて飛び回り慌ただしい雰囲気の中で実戦のデータを収集していた。
ウェインはその無音の喧騒の中でひとり宙に浮かび、ジムの残骸を見つめていた。弾痕だらけの機体はランドルスの機体だ。あのザクの放った射撃をことごとく受け止めた機体は胸部から腰部にかけて弾痕と黒い丸い染みだらけになり、全体が熱で煤けた染みで覆われていた。幸運だったのはコクピットへの直撃がなかったことだ。ランドルスは衝撃による失神とコクピットに飛び込んだ破片による火裂傷をおったが命に別状はなかった。被弾が集中したときに盾ごと回転したことがよかった。彼は医務室でドクターの診察を受けていた。
ランドルスのジムの横にワイヤーで固定されているのはウェインの機体だ。肩から入ったヒートホークの一撃は頭部を落す寸前まで深かった。角度が数度違えば、コクピットは無事でなかっただろう。運が好かった、とウェインは言われた。
クスはひとり宇宙へ散った。推進剤の爆発により彼のジムは爆散した。その場で回収できず、今はウィル隊が機体の残骸を探していた。
ウェインは残骸から目をそらした。太陽は眩しく宇宙は暗く地球が青い。それは出撃するときと何も異なっていなかったが、新品のジムはスクラップとなり、エースは還らなった。ウェイン自身は出撃するときはエースの中のエースだったが、それは過去となった。
「ウェイン中尉、どいてください。ウィル中尉のジムが着艦します」
ウェインの耳元でイアフォンが怒鳴った。ウェインはヘルメットのバイザーごしに一機のジムが近付いてくるのを認めた。胸部に黄色い稲妻が描かれたウィル隊のジムだ。ウェインはハッチの横へ退避しながら甲板員に向かって合図を送った。そこへジムが近づき、バーニアを逆噴射して甲板に立った。胸元にスプレーガンを構えた巡航姿勢をとっている。
着艦したジム、ウィリアム・ウィルの機体のコクピットが開いた。黄色いノーマルスーツのウィルが体を乗り出した。彼はウェインの姿を見つけ、叫んだ。
「中尉、クスの機体が見つかった。ミーチとギャツビーが運んでくる」
イヤフォンから聞こえる大声はウェインは耳が痛かった。しかしヘルメットのバイザーの反射ごしでは表情はわからない。ウェインは尋ねた。
「クスは？」
「センサの反応がない、エアもない…。いい奴だったがな」
ウィルの声は大きかった。ウェインの返事を待たずにウィルはジムを進めて格納庫へ入った。その間にミーチとギャツビーのジムがクリストバルコロンに近づいていた。二機のジムで挟み込むように大きな金属塊を抱えている。それはジムの胸部だった残骸だった。二人はすぐに着艦せず五十メートルほど離れた場所で停止した。メカニックの代表が命綱をつけて飛び立ち、クス機の様子を調べて爆発の可能性がないことを確認した。 ジムの残骸は甲板に運ばれ、ようやくクス機は帰還した。かつて赤と白に塗り分けられた胴体、肩部から腰部は、プロペラント爆発による高熱と衝撃で変色かつ変形していた。モビルスーツの一部にはとても見えない。その中にクスがいる。どうひいき目に見ても彼の命はないようにウェインには思えた。
宇宙空間用の担架を引いた二人の衛生兵が控え、大勢の甲板員たちと整備兵が見守る中で、工作ポッドの作業用アームがかつてコクピットの装甲版だったねじれた複合材を引き剥がした。密閉した空間が開き、細かい浮遊物が飛び出した。
「うわ」
浮遊物を間近で見た甲板員が小さな叫び声をあげた。
ポッドはさらに装甲板を引き剥がした。空いた空間から甲板員がのぞき込んだ。彼はほんのわずか見ただけで体を起こした。
「駄目だ。アレを」
その言葉に衛生兵は担架をおろした。代わりにバックパックから黒い袋、死体を容れる袋を取り出した。二人はコクピットの中から袋へ詰めはじめた。
「運がなかったんだな」
集まっていた甲板員たちは仕事に戻りはじめた。悪運払いのおまじないを切っている者もいた。ウィルとミーチ、ギャツビーの三人は衛生兵の動きを黙って見つめるウェインの肩を叩き、何も言わずにエアロックへ去っていった。
衛生兵の仕事は続き、やがて収めるべきものはなくなった。
「中尉、遺品です」
衛生兵の一人がウェインに黒く煤けた認識票と硬質樹脂製のノートを手渡した。ノートには几帳面なクスの字体で彼の名前が記されていた。
「確認をおねがいします」
ウェインは黒い袋の中を検めた。差し出された書類にサインをした。あとは二人がかりで艦内へ運び込まれるそれをウェインは無言で見ていた。
ルウムを生き残りルナツーをベースにし烈な戦いを生き続けたパイロットはぺらぺらの合成樹脂のそっけない袋を棺に運ばれた。その光景は見慣れたものとはいえウェインはじっと見ていた。そのまわりを重い宇宙服姿の甲板員が収容を急いでいた。破壊されたマシンに張り付くように白い軽装宇宙服の技術士官が調査を続けていた。
格納庫からウィルが現れた。黄色いノーマルスーツにオレンジ色のヘルメット。彼はウェインの隣に並んだ。そして言った。
「相手が悪かったんだよ」
ウェインは無言だった。ウィルはさらに言った。
「そしてクスは運が悪かったんだ…なぁ、きついこと言うようだけどさ、艦内へ戻れよ。まだ敵はいるんだぜ。つまり俺達はやることが残ってるんだ」
ウィルは艦内へ戻っていった。ウェインは壊れたマシンを見つめたまましばらく動かなかった。
クリストバルコロン、ブリッジ
「目標のシャトルは地球へ降下、敵は無傷、新鋭機が半分。報告書を提出したまえ、中尉」
とグィルジン大佐は言った。ウェインは艦長席に座る大佐の横に立ったままこたえた。
「はい」
グィルジン大佐は椅子を回すと正面からウェインを見た。ウェインは大佐の視線を正面で受け止めた。ブリッジは静まり返っていた。ブリッジ要員たちは何ごともないようにディスプレィを見つめコンソールを操作し、ヘッドフォンに耳を傾けていた。しかし、ブリッジ中の注意はウェインとグィルジン大佐に焦点があわされていた。
グィルジン大佐は直立したウェインをまっすぐに見ていた。
「中尉、いったい何が起こったのか知りたいのだよ、私は。敵はザク・タイプのモビルスーツが三機ではないか。改良型だったのか？」
ウェインははっきりと応えた。
「いえ、Ｆタイプの推力向上型です。兵装も標準でした」
声はブリッジに響いた。コンソールのノイズと機関のわずかな振動がブリッジの静かさを引き立てる。グィルジン大佐はウェインの言葉を口の中で反すうし、問いかけた。
「なら、なぜ。君たちは我が宇宙軍の精鋭だ。それがなぜ？」
「申し訳ありません」
直立不動のまま答えるウェインを大佐は見つめた。それがわからない、という目をした。
「たった一機のザクに三機…ニュータイプ、か。シャアのような」
シャア。ジオン軍のエースの中のエース。彼は人類の獲得するであろ新しい能力をもっている、つまりニュータイプと言われている。あのザクのパイロットがニュータイプである可能性はウェインも考えていた。ふたたびウェインの脳裏にビームを回避し続けるザクが浮かんだ。たしかにニュータイプかもしれない。しかし高Ｇで旋回中に見たザクを思い出すと違う気もした。いずれにせよ、それは理由にならない。
「ニュータイプかどうかはわかりません。戦闘の記録の分析を行ってます」
ウェインの言葉にグィルジン大佐はうなずいた。
「急がせろ。このままでは終われん。敵が強かった、は負けた理由にならんのだ、中尉。わかるな」
「はい」
ウェインの返事はブリッジに響いた。グィルジン大佐は体の向きを変えてブリッジ正面を向き、そのまま口を開いた。
「ここまでくるのに我々は長い時間と大変な労力を使ってきたのだよ。負けてはならないのだ。…コクレス少佐のチームがもうすぐ到着する。それをもって再度攻撃をかけるつもりだ。それまでに危険な要素があれば明らかにしておきたい。中尉、報告を待つ。急いで作成してくれたまえ」
コクレス少佐はクリストバルコロンのジム隊の生みの親であり、ジム中隊の中隊長でもある。ということは艦隊のモビルスーツ部隊の指揮はコクレス少佐が直々にとるのだ。
「はい」
ウェインは敬礼した。大佐は敬礼を返し、ウェインが下がってから船内通話機を取り上げた。
「ウィル中尉を呼んでくれ。作戦会議を開く」
その声を背中で聞き、ウェインはクリストバルコロンにおけるモビルスーツ指揮権を失ったことを知った。
「こんな機動、実戦で使うなんて。よくモーターが持つな」
明るいというよりは騒がしい声は戦闘中の船には似つかわしくない。それは技術士官としてジムのチューニングに従事する三日月大尉のものだった。ブリーフィングルームの一角、高性能のコンピューターに接続されたモニターを前に、技術士官二名とともにウェインは戦闘記録の分析を行っていた。
ウェイン・チームのジムに搭載されたレコーダーは戦闘を逐一記録していた。再生画像はコンピューターで処理され、強調表示されたブーカのザクの動きに三日月大尉は感嘆の声を上げた。
「カンがいい、無駄がない。これ、こんな動きをされてはたまりませんね」
そこにランドルスの「ビームを避けるなんて」という声が入った。ボイスレコーダーからのものだ。
「ほんとに。撃つ直前に避けられてはビームでも意味がない」
三日月大尉は自分の言葉に自分でうなずいた。三日月大尉はリプレイした。「ビームを避けるなんて」とランドルスが言った。再度リプレイ。「ビームを避けるなんて」
ウェインはじっとモニターを見つめていた。連射されるビームの壁をすり抜ける。ウェインとランドルスの二人で狙っても、ばらまいても当たらない。確かにウェインにも決して敵の弾が当たらないと感じることがある。そういうとき、ウェインは何がおこるか、どうすれば良いのか、すべて知っている。まるでレールの上を走る軌道車のように行動できる。このザクのパイロットはそんな感覚でビームを避けているのだろうか。とすればビームを放つ私やランドルスの意味とはなんだろう。
三日月大尉は首をかしげた。
「でも、どうしてこんなに逃げてばかりいるのだろう？」
「三対一だ。逃げても不思議ではない」
と、ウェインは首を傾げる三日月大尉に言った。
「そうかもしれませんが、これだけの機動ができれば反撃もできるでしょうに。ひきつけているのかな？」
モニターの中のザクは完璧だった。三日月大尉の試算ではザクは持てる性能のすべてを使って避け続けていた。ウェインとランドルスの攻撃はそこまでザクを追い込んでいたのだ。しかし、と三日月大尉は指摘した。ザクは攻撃していない、ジムの行動を抑えるための行動はとっていない。まるで純粋に回避を楽しんでいるようだ。
裏があったのかも、とウェインは思った。たしかにこれだけ回避し続けるのはおかしい。少なくとも最初のシャトルへの突入では、このザクは牽制の射撃を巧妙に行ったのだ。なぜ、おかしいことに気づかなかったのだ。私は気づくべきだったのだ。
ウェイン達の弾幕をザクがかわす映像が続き、唐突にザクが撃ち始めた。
「これは？」
「わからない。あの射撃は不思議だった。何を意図しているのかわからなかった」
映像は、ランドルスの突入に移った。
「ここで編隊行動が解除されたわけですね。ここからだ」
「…」
ランドルスの突入は、部隊の全滅の始まりだが理由ではない、とウェインは思う。
三日月大尉は食い入るように画面を見詰めていた。ランドルスのジムが突入するところでランドルスのジムのレコーダーの記録をチェックした。ブーカのザクとランドルスのザクが交差する一瞬をウェインのジムの記録と合わせて読む。
「ビームのままか。ザクもライフルのまま。照準の補正速度が遅いのかな」
ぶつぶついいながら三日月大尉はモニターを眺め、流れるコードを目で追った。ランドルス機、被弾。
「この（相対）速度で対面射撃か。コンピューターだってサインを出してない。僕にはバクチに思えるけれど。それともザクの射撃管制能力はバージョンアップしたのかな？」
状況はウェイン機の突入へ、ザクへの接近。そして高Ｇ機動。
三日月大尉はモニターを見つめたままたずねた。
「中尉、照準の調整で機体の体勢が変わって、旋回が遅れた、とのことですが？」
「照準とトリム調整は同時にできない」
「確かに。自動でできるよう、なんとか調整してみましょう」
三日月大尉はモニターの映像をすすめた。照準の縁で急激に大きくなるザクは射撃を意図して接近しているのではない。
「こんな距離で戦うのか。この距離から武装の変更があるとすると」
三日月大尉は考え込んだ。
「格闘戦というのは戦闘機では巴戦を意味してましたがモビルスーツ同士となると本当の格闘ですね。格闘戦闘においてはモビルスーツの性能差はあまり意味が無くなる。格闘用に特化した装備があれば有利になれるかもしませんが」
「それはわかっている。格闘戦闘は避けるべきだった。こちらの有利な距離、ビームガンの有効な距離で戦うべきだった」
「最近のザクの間合いはこんなに近いのですか？」
「特殊なケース、だと思う。私の経験では初めてだ。射撃する兵器を装備しているのにいちかばちかの接近戦を挑むのはおかしい。それは、ジオン軍の戦法でも同じ事だろう」
「じゃあ、このザクのパイロットは変わった戦い方をするということですか。回避といいこれとい遊びじゃないんだから」
まるで、とウェインは思った。このザクのパイロットは遊んでいるようだ。
と、ウェインは頭上から足下まで垂直に貫かれるような衝撃をうけた。突然だった。遊んでいる、という言葉が驚く程の質量を持ってウェインの心を貫通した。ザクのパイロットは遊んでいる。回避だけして、突拍子もなく撃って、遠いところからわざわ接近戦しにやってきた。戦っていた私たちは、遊ばれてた。クスは命を失い、ランドルスと私は命を除いて失った。遊んでいるだと、ウェインは叫ぶのをこらえた。身体が一瞬熱くなった。身体が震えた。だが、ウェインの心のある部分が衝動を抑えた。熱くなった身体を感じながらウェインは身体を震わせた。感情が渦を巻いてウェインの思考を翻弄した。翻弄する自分と翻弄される自分と双方を見つめるもう一人の自分を感じながら、耐えるためにウェインは強く歯を噛みしめた。
そんな激高するウェインに気づかず、三日月大尉はモニターの映像を眺めていた。彼はザクの胸部に白ペイントで描かれた斧のシルエットのマークに気づいた。
「”戦斧”か。聞いたことがあるような」
三日月大尉は小さなノートを取り出してメモを取った。ウェインは身を乗り出しモニターの中で制止するザクを見つめた。バーニアの噴射光を背負ってヒートホークを水平に構えたザクの胸部の白いマーク。ウェインは瞬きせずに見つめ続けた。大きく息を吸い吐いて、ウェインは口を開いた。
「聞いたことがある？奴は名のあるパイロットなのか？」
三日月大尉は書き込みを終えたノートを閉じてポケットにしまうとちらりとウェインを見て、その表情に対して戸惑った。
「お、オデッサ前後にいい動きをするザクが報告されてましたよ。そのザクの部隊のマークが白い斧のシルエットだった。マシンをうまく扱うパイロットとくにとびきりのパイロットの噂には興味があるので。でも、このパイロットがそうかはわかりませんよ」
ウェインは低く「そうか…」とつぶやくと視線をモニターに戻した。前線のパイロットのある種の不安定さに不馴れな三日月大尉は言葉が詰まった。
「…ともかく、ジムのチューニングをします。近距離での武装変更は瞬時に行えるように工夫します。ワンタッチでライトサーベル抜打ちが可能になるように。サムライの居合いのようにね」
三日月大尉の言葉にウェインは無反応だった。三日月大尉はさらに言葉を続けた。
「たぶん接近戦に持ち込まなければ負けることはないでしょう。接近戦だと、僕が言えることではないのですが、戦闘というよりは勝負になっちまって結果なんてわからない。それにね、中尉。このザクのパイロットはおかしいですよ。こいつの間合いで関わらない方がいい」
ウェインは思った。勝負でいい、私は個人的に奴を消す。無言のままウェインはモニターの中の静止したザクを睨み続けた。
クリストバルコロンとサパレリは地球低軌道上でルナ２からきた巡洋艦イエティガと補給艦が合流した。艦隊は弾薬と消耗品の補給を受け、新たにジム六機が合流した。わずか半時間のランデブーで補給を終えた艦隊から補給艦とダメージを受けたサパレリが離れ、軌道を離れていった。これで戦力は巡洋艦がクリストバルコロンとイエティガの二隻、モビルスーツは正規装備が九機になった。
艦隊行動をとる二隻の間をイエティガからクリストバルコロンへ、ジムが一機だけ移動した。着艦した真新しいジムの胸部のコクピットから現れたパイロット、コクレス少佐は真っ直ぐにブリッジへ向かいグィルジン大佐とウィル中尉とともに作戦会議を始めた。指揮すべき部下を失ったウェインはコクレス少佐の部隊のメンバーとチームを組むことになった。そう告げられた時、ウェインは無表情にうなずいた。
そして、連邦のモビルスーツ部隊は第九八哨戒戦隊への復讐を開始した。
ローレライの舷側へパプア級の輸送艦が接近していた。舷側から姿勢制御用のバーニアがガスが小刻みに噴射された。それは船の影にあって星のまたたきのように見える。淡く輝く地球を背景に小さな黒い影となった二隻の宇宙船はゆっくりと近付いた。輸送艦に比べるとローレライは小さく細い船だ。寄り添うように並んだ二隻のシルエットの進路の先、約二キロに戦狼がおなじく後方に僚艦のラプンツェルがいた。艦隊を見下ろすようにウルフ・チームが浮いていた。その三番機、ライデル軍曹はメインスクリーンに映る二隻の船を見つめていた。ウルフ・チームは補給中の艦隊の哨戒をしていた。アドラ中尉とハンクはローレライを挟んで反対側にいた。地球に近いところから宇宙を見上げるかたちだ。ライデルは逆に見下ろす。地球をバックに黒い影を探すのだが、地球が発するノイズにセンサーの動作は鈍かった。とはいえライデルには恐怖はない。ただ、補給中の二隻の船を見つめ考える。
スクリーンの中に映るローレライの鋭い影。あの中にブーカ・ラクハンがいる。たったひとりで連邦のモビルスーツを三機撃墜した女パイロット、ブーカ・ラクハン。きれいだけれど口の聞き方を知らないし、銀色の髪がうっとおしい、ただの女パイロット。けど、今の彼女は違う。一瞬で撃墜スコアを三機しかも初めての対モビルスーツ戦闘でだ。すごい、とライデルは思う。今、ジオン軍の中で彼女をこえる戦果を持っているのはシャアの他に数える程しかいない。ブーカは今、トップエース・グループに入った。自分の所属する艦隊にトップエースの一人がいると思うと誇らしい気持ちになるのだが、しかし、と思う自分もいた。
たしかにモビルスーツをいっぺんに三機撃墜することは、普通はできることじゃない。敵はモビルスーツを使いはじめたばかりで目にすることすら難しいし、まして三機まとまって襲撃するなんて話は戦闘宇宙艇の戦闘でも聞いたことはない。難しいのは三機撃墜することではなくて、まとめて三機を相手にするチャンスに出会うことなのだ。彼女はたまたまチャンスに恵まれたのだ。自分達のチームは恵まれなかった。対艦攻撃任務で、しかも敵のモビルスーツは遠距離から牽制のビームを撃つだけ。向かってきてくれなくては戦いようがない。
敵が三機、まとまって攻撃してくるのはピンチには違いない。けれどスコアをのばすチャンスでもある。彼女のように誰もがあの結果をだせるわけではないが、俺なら、できる。俺がドライブするリック・ドムなら連邦の細いモビルスーツの三機撃墜はできる、しかも自分の乗機を壊さずにだ。チャンスさえあれば俺にはできる。ライデルにとってそれは確実なことだった。
ブーカの遭遇したチャンス、連邦の未知のモビルスーツ三機にかこまれビームの波状攻撃を受ける様をライデルは想像した。ライデルの想像の中ではジムの機動はくたびれたザクのように鈍かった。照準をつけようとするジムのビーム砲の砲口がのろのろと向きを変えた。ライデルは想像の中でバズーカのトリガーを引き絞り、直後に操縦桿とフットペダルを操作して二方向の加速を生み出した。螺旋を描きながらドムは加速し、ビームの射線を逃れた。視界のはじで連邦のモビルスーツが爆発する。次がくる。まとめて二機。構えたビーム砲から紅いビームがのびるが加速しつづけるライデルには当たらない。
拡大するゆるやかな螺旋を描きつつ二機に接近したライデルは二機を囲むように三発たて続けにバズーカを撃った。接近は止めない。モビルスーツは前に出る。そこへもう一発。ドムに先攻するバズーカ弾は爆発し、前後を爆発に囲まれたジムは翻弄される。ライデルはヒートホークを構えて切り込む。ふたつ、みっつ、おしまい。ふん、とライデルは笑った。いっぺんに二機はつらいかな。もうすこしバズーカに弾があれば余裕があるけどな。
ちちちち、とセンサーが警告音を発した。メインスクリーンの上にサブスクリーンが開き、淡い緑色の地球の雲の上をすべる小さな黒い点を映し出した。ライデルの左手は素早く正確にセンサーのコントロールパネルを操作した。
「…」
塵だった。もとは衛星だったのか、破壊された船の残骸かわからないが、大きさも発する熱も形も警戒の必要がないことを告げていた。もしかするとブーカが撃墜したモビルスーツの残骸かもしれない。それとも先ほどの襲撃でさんざん撃ち込んだ巡洋艦の部品かもしれない。軌道を計算すれば可能性を数字で量れるが馬鹿らしい。いずれ、地球へ落ちて燃えてしまうゴミ。ライデルは警告音を無視した。塵は塵だ。やがて塵は遠くへ去り、警告音は鳴るのを止めた。
ライデルはサブスクリーンを消してメインスクリーン全体をざっとチェックした。船の位置も自分の位置も変わっていない。ただ地球の影の縁が近付いていた。もうすぐ夜の側にはいるのだ。
チャンスさえあれば、とライデルはもう一度思った。
久しぶりに現れたジムニーは作業用宇宙服のヘルメット・バイザーごしに、にこにこと笑っていた。
「また会ったな、ジムニー」
「グラーグ少尉。またお会いできてうれしいです」
ローレライは補充用のドッキング設備が無いために隣接した船からの荷物はロープを使って送り込まれる。その荷物に混じって船外作業用宇宙服を着たジムニーがやってきたのだ。グランヒッコリはコンテナのとなりでジムニーを迎えた。
ジムニーはヘルメットのバイザーごと頭をひねり、あたりを見回した。
「ブーカさんはいないんですか？」
「いまは休息時間なんだ。彼女一人で連邦のモビルスーツを三機撃墜した。乗っていたザクは使い物にならなくなったが」
グランヒッコリの説明にジムニーはうなった。
「あいかわらずですね」
「そうでもないんだ。元気がない」
「それはらしくないです。ザクをなくしたのがショックなのかな」
そうではないんだ、オデッサから戻って以来おかしいんだとグランヒッコリは思った。
「とすると持ってきたザクはブーカさんが使うのかな」
「そうだな」
「じゃあ、無駄じゃなかったな」
ジムニーは手にしていたファイルをグランヒッコリに見せた。
「これを見れば元気だすかも」
「なんだい？」
グランヒッコリは手渡されたファイルを見た。柄の長い斧の線図が柄がかれてる。装飾が施されたブレード、その背にはあり合わせで取り付けたような円筒型の小型のエネルギーパックが二つ。ザクのもつ携行装備だが、どこかで見覚えがあった。グランヒッコリはファイルから目をはなしてジムニーを見た。ジムニーはにこにこと笑っていた。嬉しくてたまらないというように、ファイルの斧の絵を指差しながら、
「ドズル中将専用ザクのヒートホークの予備です。倉庫に転がっていたのでどさくさで手に入れたんですよ。ルウムのときのあれは飾りでしたけれど、ちゃんと改造してヒートするから強力ですよ。質量で四倍熱量で六倍。なので四かける六で破壊力は二十四倍。すごいでしょう。プログラムも基本的なものは持ってきましたし、あとはブーカさんに使ってもらうだけなんです。もう楽しみで楽しみで」
と一気にまくしたてた。グランヒッコリは顔をしかめた。
「たしかに喜びそうだが。ジムニー、そういうことは」
「わかってますよ、少尉。でもソロモンでお二人を調べたら地球の上を飛んでいるというから、グラナダならともかく地球軌道なら会えるような気がしたんで準備していたんです。予感ですかねえ。そしたら今回の補給作戦でないですか。もう急ぎましたよ。ソロモン工蔽の作業員に手伝ってもらって。みんな楽しみにしてますよ」
ジムニーはにこにことブーカのザクのコンテナの所在をたずねた。グランヒッコリはコンテナのナンバーを告げるとジムニーは「試してみなきゃ」とコンテナへ向かった。
外を見るとブーカのコンテナから動かなくなったザクが引き出され、かわりのザクが搬入されていた。コンテナのトビラが開き、空いた空間へ正立したザクが押し込まれる。そのザクの姿にグランヒッコリは違和感をおぼえ、よくよく見るとタイプが違う事に気づいた。
ローレライ・チームが使用していたのはＦ型をベースにグラナダ・ローカルに推力を向上させたもので月面ではＲ型とよんでいる。正式な型番などないがＦのＲモデファイといえばこのＲ型を示す。しかし、いま積み込まれているブーカの新しいザクはちがった。バックパックが大きいし、エネルギー伝導チューブも若干太い。脚部に小型のモーターが増設され、マニュピレーターの”指”が細くなっている。新型のようだった。これはただの代替機ではない。
「ジムニーは肝心なことを言わないな」
グランヒッコリは小さくため息をはき、ジムニーを追ってコンテナに入った。
「ジムニー、あのザクだけど」
「あぁ、あれですか。ＦＧですよ。総出力はＦ型の倍です。もっとも最大出力時の作戦行動時間は半分になってしまいましたけれど」
「新型か？」
「本当の新型は別にあるんですけど、このザクはちゃんと新型です。製造途中のＦ型を新型ザクになるように改修した機体ですから。見た目が新旧混じっているんです。武装もほら、ザクマシンガンではありませんし」
特徴あるドラム弾倉が消え、グリップの前方に長方形の弾倉になった。サブマシンガンのようなシルエットだ。
「なるほど。武装が変わったんでは新型相当か」
「武装はローレライのザク全部を交換します。敵がモビルスーツですからね、相応の装備をしないと。むろん、制御システムを組み込みますから使い勝手は変わりませんよ」
「そうか」
使い慣れた武器が実戦中に交換されることは不安だったが、ザクマシンガンの連射速度では高速機動するモビルスーツを捕らえるのは難しかった。いずれにせよ新型であれば今より劣ることはあるまい。
ジムニーはグランヒッコリの質問に答えると、搬入作業が続いているパッケージに向かって飛んでいった。持ってきたヒートホークのセッティングもせねばならずジムニーは忙しい。
グランヒッコリが気になるのは、このザクを受領するパイロットがブーカであることだった。
武器弾薬の補給を受ける命令がきたとき、カッツェン大佐はザクの手配をつけるように艦隊指令部へ手配したのだ。むろん定員の六機に満たないためなのだが、これほど素早くザクがくることは珍しい。
戦闘後のブーカの様子にグランヒッコリは不安を覚えた。オデッサから彼女は疲れていると思う。ならばザクを失ったのを幸いに休息を与えようとグランヒッコリは考えてチェンのザクの予備パイロットとして登録をしたかった。しかしアドラ隊長、というよりは戦隊司令のカッツェン大佐の強い希望により補給物資に代替えのザクが含まれたのだ。ブーカはザクからおりられない。
グランヒッコリはハンガーに固定されつつあるザクに目を向けた。狭いコンテナの埃っぽい空間、作業灯の光と影の中に浮かぶザク。見慣れない大型化したバックパック、コーンの形状が異なるバーニア・ノズル、手袋をはずしたようなマニュピレータ。総出力で倍。姿形からでもパワーアップしたことが見て取れた。しかし、そこには彼を不安にさせる何かがあった。
「新型、か」
と、硬いザクを見つめるグランヒッコリはつぶやいた。
to be continue...
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