輸送シャトルＰＣＣ−２１”月行き酔いどれ一号”は同二号、同三号とともにオデッサと月を往復する輸送シャトルだった。オデッサの陥ちた今はアフリカ中央やユーラシア大陸東部への補給物資の輸送の任務をしている。
垂直離発着タイプの同船は純白の耐熱タイルでおおわれた巨大な椎の実のように見えた。椎の実のお尻にあたる船体下部は大気圏からの離脱と再突入に使う巨大なロケット・モーターが並んでいた。椎の実のとがった頭部にコクピットがあった。自動化の進んだ船にみられる小型航空機のそれのような小さなコクピットだ。
そこにノーマルスーツを着た二人の乗組員がならんで座っていた。一人が窓の外をのぞき込んでいたが、やがて振り返った。
「船長、やっときましたよ。ザクが」
「ザクだとぉ」
月行き酔いどれ一号の船長、カー・ザニモはコクピット正面の小さな窓に顔をくっつけるようにして外をみた。緑色のザクが一機、見える。頭部のランプがまたたき発光信号が放たれた。
「護衛スル。九八哨」
カーは口に出して読むと、コパイロットのブーマーに発光信号器をよこせといい、ブーマーがサイド・ボックスから引っ張り出して手渡した。信号機を手にしたカーは窓に向かい、ぱちぱちと信号を送った。
「なんて言ったんです？」
「ありがとよ、って返したんだよ。まさかザクじゃ安心できませんとも言えねぇだろう」
カーは信号器をブーマーに返した。
オデッサが陥落してこのかた、地球への軌道は安全な場所では無くなってしまった。それまでもルナ２を根城にする連邦宇宙軍の嫌がらせはあったものの、あくまでそれは嫌がらせの範疇であり、宇宙軍の正規艦隊の護衛があれば手を出してくることはなかった。その状態はかわった。ルナ２を中心とする連邦宇宙軍の活動が活発になり、地球への航路はジオンの船にとって安全ではなくなった。たとえば、姉妹船である月行き酔いどれ三号はサラミス級巡洋艦に追いかけられて、地球を六周も余計に周ったあげくに大西洋に沈んでしまった。
計器を読んだカーは自分の勘にたずねた。今日は生きて目的地へ行けるか？
「ブーマー、突入ポイントだけどな、どれくらい前倒しでできる？」
「はぁ？なしてそんなことを？」
「嫌ぁな予感がするんだわ、これが」
「予感ですかぁ。でも船長の予感は当たりますからねぇ。ちょっと計算してみます」
「頼むよ」
カーは船外モニタを順次切り替えた。コクピットの正面中央のスクリーンにモニタが捉えた画像が写っていた。ザクが映るモニタから想像するに三機のザクがシャトルの前方と上方と下方に位置していることがわかった。しっかり護ってくれよ、頼むからよ、とカーが念じたその時に、そのうちの一機、上方にいるザクはモニターで見ていても姿勢が決まらずふわふわと揺れ動いていた。
カーはしばらくスクリーンを注視していたが、つぶやくように言った。
「新兵だな、ありゃ」
「は？」
ブーマーが計算機を叩いている途中で顔を上げた。
「なんですか、船長」
「上にいるザクは新兵だよ、ゆらゆら揺れてらぁ」
「どこです？」
窓に顔を押し付けようとするブーマーを制して、船長はスクリーンを指差した。
「気が滅入るなぁ」
と、カーが腕を組んだその時、ゆらゆら揺れているザクのランドセルのバーニアが、ぱっ、と光り、かき消すようにザクの姿が消えた。
「な、なんだ」
カーがモニタを忙しく切り替える間、ブーマーが顔を窓に張りつけて外を見た。ブーマーの視界の端、窓の縁をかすめるようにモビルスーツが飛んででいた。見たことのない形のモビルスーツだ。モノアイがない。ブーマーは反射的に叫んだ。
「船長、敵だ。敵のモビルスーツだ！」
「い、色はなんだ？」
もう一度ブーマーは窓に顔を押しつけた。モビルスーツは曳光弾を避けながら左へ流れて小さくなった。それは白く輝いていた。
「し、白ですよぉ」
「くぅーっ」
カーとブーマーは震え上がった。例のシャアを負かしたの噂のモビルスーツは白かったというではないか。
「船長、俺、急いで計算します」
「頼む」
こんなとき、とカーは思った。シャトルなんてやることはない。せめてミサイルとか艦砲なら回避機動をとって気安めできるんだが、モビルスーツ相手では何をしても無駄なような気がする。とりあえず、とカーは姿勢制御モーターのコントローラーに手を乗せた。
コクピット正面を黒っぽい影が連続して横切った。カーの首が左から右へ、右から左へ忙しくまわった。続いて目の前の空間を光が横切った。コンソールの計器が一瞬ざわついた。遅れて、ちちちちち、と電子警告音が控えめに鳴った。
「な、なんだ」
メガ粒子ビームが船首直前の空間を横切った影響だった。
シャトルを中心とした空間を三機のジムが斜め下へ飛び抜けてゆく。その後ろ姿にザクマシンガンを連射しているティエン、そのかたわらにグランヒッコリの機体はあった。彼の操るザクは、シャトルの後方に位置を固定してザクマシンガンを構えた。
グランヒッコリは汗ばんでいた。連邦のモビルスーツ三機編隊による第一撃はかわせた。奴らはシャトルではなくいきなりグランヒッコリの機体を狙ってきた。ブーカの警告がもう少し遅かったら俺はビームの一撃で今ごろピンク色のガスになっていたことだろう。胃からせり上がってきた塊を飲み下し、グランヒッコリはセンサーを確認した。ミノフスキー粒子でレーダーは役に立たないが、光学センサで状況は把握できる。ブーカはシャトルの下方からザクマシンガンを連射している。去り行く敵の三機はズームアップした映像の中で小さくなった。この動きはルウムで連邦の戦闘機が見せたヒット・アンド・アウェイ戦法に似ている。
追撃するにも速度差が大きかった。追えない。
グランヒッコリは射撃を止めないティエン機にレーザー通信を送った。
「ティエン、射撃やめ」
「は、はい」
「俺の後ろに来い。離れるなよ」
「了解」
「ブーカ、シャトルの下側を守れ」
「了解」
ブーカのザクが小さくバーニアを噴射すると地球へ向けてわずかに降下した。グランヒッコリはセンサーを見つめた。三機の影はない。しかし、またアタックをかけてくるはずだった。グランヒッコリはローレライに敵の位置をたずねた。通信機は一瞬沈黙し、ノイズの中からポーリンの声が聞こえた。
「こちらローレライ、敵モビルスーツは発見できないわ。光の反射がひどくて」
連邦のセンサーの方が性能がいいのかな、とグランヒッコリはつぶやいた。
ちちちち、と警告音がひびいた。低出力レーザーが照射されていることをセンサーが検知したのだ。コンピューターは被照準信号と判断したので警告音を出した。つまり、グランヒッコリは狙われている。
「散れ！」
グランヒッコリはフットペダルを踏み込んだ。はじかれるようにザクが加速し、シャトルから離れた。方向を選んでいる暇はなかった。すぐにでも敵の攻撃がくるかもしれない。ティエンも加速、シャトルも加速、ブーカも加速。シャトルを中心とした一団は、散った。
その散った空間をメガ粒子のビームの光条が何本も貫いた。改良型サラミスの艦砲だ。
「あ、危なかった」
グランヒッコリはザクを回転させてバーニアを吹かした。反転してシャトルの位置を確認する。ティエンは近くにいた。
「シャトルは？！」
すぐにシャトルは見つかった。ブーカのザクはシャトルの前方に浮かんでいた。思ったより距離がある、とグランヒッコリが思うのと同時にセンサーが光の点を捉えた。地球の縁から三つの光点が急速度で接近する。それはシャトルとブーカへ向かっていた。
「ブーカ！」
ジム編隊。
「みごとに散ってくれちゃったよ」
「レベルが低いのか、それとも欺瞞か？」
「リアタックするぞ。クスはシャトルを、ランドルスは私と一緒に残ったザクを叩く」
「了解」
「了解」
月行き酔いどれ一号、コクピット。
「メガ粒子砲ですよぉ、船長。どっかにいるんですよ戦艦が、メガ粒子砲を撃つ奴が」
「降下だよ、降下。早く逃げるんだよ」
「え、ええ」
カーは窓から外をのぞき込んだ。見えるのはブーカのザクだけだ。
「なんだ、他のはどこへ行っちまったんだ！」
ブーカはシャトルとともに流れていた。先ほどの艦砲射撃はシャトルから我々を散らせるため。ならば射撃の直後には敵モビルスーツの攻撃があるはず。ブーカは注意深くシャトルの退避方向を見定め、一緒に加速した。グランヒッコリとティエンは明後日の方向へ行ってしまった。
「うかつなのよ」
地球が輝きはじめている。夜明けがくる。
センサーが反応した。
「来た」
手のひらが汗ばんでいた。
一〇時の方向で一瞬きらりと輝いた光をブーカは見た。ナイフのきらめきのような。
「来た」
敵があいつだったら。似ているけれど違う機体のようだが、パイロットは同じ奴かもしれない。もし、あいつだったら私は殺されるのか？ たとえあいつではなくともパイロットの技量とモビルスーツの性能が私とザクより勝っていたら？ 戦う相手がやってくる昂揚感など微塵もない。恐怖で咽喉がすぼまるような感覚の直後に吐き気が込み上げてきた。
ブーカの目の前で主スクリーンはズームアップしたジムを映し出した。正三角形の隊形を維持した三機のジムは、赤いシールドを構えビームスプレーガンをつきだしたまま急激に近づいてきた。ブーカがオデッサで戦った機体とは違う、しかし似ている。性能も同じか。ブーカは奥歯を噛み締めて吐き気を飲み下した。ザクはマシンガンを構え、照準情報が主スクリーンに流れた。操縦桿のトリガーを引き絞るとザクマシンガンの鈍い発射の振動をブーカは感じた。
ザクマシンガンの曳光弾にジム編隊はすばやく二手に分かれた。ブーカは二機組に合わせてザクを回転させザクマシンガンを撃ち続けた。弾幕の中、ウェインは斜め後方にランドルス機を従えて大きな螺旋を描きブーカの射線を避け続けた。ウェインはモニターの中のザクに向けてつぶやいた。
「いい動きだ、無駄がない」
一方、クスはいったんシャトルから離れる動きをしたのち急反転、最大加速で八時の方向からシャトルへ接近した。その動きに呼応してウェイン達はビームスプレーガンでブーカ機を狙った。ジムの放つビームの集中射撃を避けたブーカは、もう一機、クス機の意図に気づいた。すかさずバーニアを最大噴射、ウェインとランドルスのジム編隊と接触するように急加速した。
「近づいてくる？！」
ランドルスは叫び、ビームスプレーガンを撃った。射線をくぐりぬけてザクが近づく。
「ビームを避けるなんて！」
「退がれ」
ウェインはブーカの接近を避けた。ジム編隊が退がると同時、ザクは逆噴射をかけ、ジムの編隊とザクの距離がいっきに開いた。ブーカのザクは反転し、シャトルを狙っていたクスの機体に向けてマシンガンの弾を降り注いだ。高密度の弾幕がクス機の進路上にばら撒かれた。
「！」
クスは回避機動、攻撃できずにシャトルを通り過ぎた。襲撃に失敗した三機のジムはシャトルをスルーパスし、距離を取って集合した。
ウェインは近づいてきたクスの機体を目で追いながら、たった一機のモビルスーツに阻止されたのことに驚きを感じていた。予想外にザクの動きがいい、部下が動揺していなければいいが、と思った直後に通信スクリーンが開いてクス少尉の黄色いヘルメットが映し出された。バイザーの奥でクス少尉は笑みを浮かべていた。
「うまいですね、あのザク」
クス少尉の通信スクリーンのとなりにランドルスのスクリーンが開いた。
「笑うときもあるんですね、クス少尉」
こいつら、とウェインは安心した。ジムを緩やかに旋回させながらウェインは指示を出した。
「まず、あの、ザクを落とす。残りの二機は問題なかろう。リアタックするぞ。続け」
「了解」
「了解、こんどは成功させましょう」
ローレライのブリッジでは光学センサーでシャトル周辺の状況を観測していた。敵はメガ粒子砲を放ったことと、その直後の加速により、位置を露呈している。連邦軍は巡洋艦二隻に対して三機のモビルスーツを直衛として使っていた。
「敵のモビルスーツと戦闘に入りました。苦戦してます」
観測スクリーンを覗き込んでいた情報士官のターマックは振り返ろうとして背中にぶら下げた宇宙服のヘルメットをシートの背もたれに引っかけながら報告した。グリ少佐は眉をしかめた。
「苦戦か。アドラ中尉の部隊の応援があればな。旗艦から連絡は？」
ヘルメットを被ったポーリンが応えた。
「今…戦狼から連絡が…ウルフ・チームは対艦攻撃に出撃、とすると私たち護衛なしですか」
ポーリンはヘルメットを回して艦長を見た。
「敵がまだモビルスーツを隠し持っていると事だが」
グリ少佐は唇をかみ、観測スクリーンに映るシャトルとザクを見つめた。戦狼のウルフ・チームが出撃した以上、第九八戦隊には艦隊を守るモビルスーツは一機も無かった。この状態で敵モビルスーツの攻撃を受けたらひどい目に会うだろう。
一方、サラミス級巡洋艦クリストバルコロンの戦闘ブリッジではヴィルジン大佐が戦闘状況を見つめていた。正面スクリーンに投影された光学観測結果がコンピュータ処理されて抽象化され、モビルスーツとシャトルを表すシンボルがせわしく動いていた。
「シャトル、落ちんな」
ヴィルジン大佐はつぶやいた。振り返ってオペレータの技術士官にたずねた。
「敵はシャトルの防衛に三機か、残りのモビルスーツの動きは無いのか？」
オペレータは一拍おいて応えた。
「ありません。ムサイ級の戦狼も仮装巡洋艦からも出撃した様子はありません」
「モビルスーツが出撃した場合は、我々に見えるか？」
「光学センサの解像度では難しい状況です。互いに加速してますから。赤外線による観測では出撃してないのですが」
ヴィルジン大佐はセルゲイを振り返った。
「セルゲイ、敵はなぜシャトル護衛部隊に増援を出さんのだろう？」
セルゲイはゆっくり言った。
「たぶん…、艦への直接攻撃を警戒しているのではないですか。どっちも同じですよ」
「…シャトルはもはや焦点ではないか。ウィル隊に警戒を怠るなと伝えろ。敵はもう来てるかもしれん」
通信士は艦隊の斜め上方に浮かぶウィル隊に発光信号を送った。ウィル機のジムがチカリと信号を返した。クリストバルコロンとサパレリの二艦は全方位に対して警戒を続けた。そして戦狼から慣性射出されたアドラ隊の三機は濃いミノフスキー粒子の中を連邦軍艦隊に向けて漂っていた。
ゆっくりと流れるブーカの機体にグランヒッコリとティエンが近づいた。
「ブーカ、大丈夫か」
「問題、ない」
ブーカは荒い息の下から答えた。
「よく防いだ、ブーカ」
「運が、よかった」
切れ切れに応えたブーカの心臓は激しく波打っていた。
ブーカは連続したビームの光条の間をすり抜けられたのが信じられなかった。どうやったのかわからない。次は、できない。できるはずがない。死んでしまう。ここから離れたい、ブーカは目を固く閉じ、目を開いた。額から汗が一筋流れた。
センサーが警告音を発しふたたびジム編隊の接近を告げ、グランヒッコリとティエンの機体が斜めに並んでザクマシンガンの連射をはじめた。
逃げたい。ブーカは我慢できなかった。グランヒッコリの機体を横目で見ながらブーカはザクをランダムに滑らせはじめた。
「速いぞ。撃て！ 近づけるな」
グランヒッコリの叫び声が響いた。
「当たりません、当たりませんよ、少尉」
ティエンの緊張を含んだ高い声が響いた。それがブーカの心をかきまわした。
「ブーカ、撃て。弾幕を張るんだ。近づけるな」
グランヒッコリの声が遠くで聞こえた。ブーカは主スクリーンの中できらり、きらり、と敵の機体がひるがえるのを見ていた。ひるがえった敵機の動きの中にブーカは恐怖を感じた。
「！」
ブーカはフットペダルを思い切り踏み込んだ。突然の加速でザクは突き飛ばされたように位置を変え、その周りを三本のビームが交錯した。ブーカは機体を大きく滑らせ、滑らせ続けた。ブーカ機の軌道を追って次々とビームが空間を切り裂いた。ブーカはザクを滑らせつつも正面にジム編隊をとらえ続けた。狙ってる、あの三機のモビルスーツは私を殺そうとしている。ブーカはフットペダルを踏み込んだ。ブーカのザクがシャトルから離れて加速する。
「ティエン、シャトルを狙わせるな、撃て、弾幕をはれ」
グランヒッコリ機とティエン機の弾はジムの軌道を追ったが当たらない。三機のジムはブーカ機の軌道につかず離れず機動し、敵の狙いがブーカであることにグランヒッコリが気づいたときには、ブーカを含む四機のモビルスーツはグランヒッコリとシャトルから離れる加速を充分に得ていた。
「ブーカ！」
グランヒッコリの叫びは、回避機動で精いっぱいのブーカ機には受信されなかった。
ビームの光条が一瞬で伸びるその瞬間にはブーカのザクはひらりと揺れて、ビームはわずかに逸れて虚空へ消えてゆく。ウェイン隊の三機から次々と放たれる光の槍をブーカはかわし続けた。激しいＧに肉体を翻弄されつつ、ブーカはフットペダルとコントロール・スティックを精密に操作した。訓練と実戦の中で身体が憶えたことを無意識に実行しているだけだった。まばたきを止めた眼はジム編隊を捉えてはなさず、手足はせわしなく機器を操作するが、心は悲鳴をあげていた。敵と戦うことなど考えられなかった。死の恐怖から逃げることだけがブーカの心を占めていた。
そこに、
「ブーカ」
ブーカを呼ぶ声があった。それは聞いたことがある声だったが、ブーカの意識は無視した。
「ブーカ！」
再度、はっきりと自分を呼ぶ声にブーカの注意を喚起した。その声は幻聴に違いなかったがブーカは視線を移し主スクリーンの左端に声の主を見つけた。宇宙空間に浮かぶノーマルスーツの男の姿があった。腕を頭の後ろに回してくつろいでいる。戦闘空域に浮かぶ異常な光景よりもブーカを驚愕させたのはその男の顔だった。
「ラズィ？」
「俺は運がなかったなぁ。ブーカはどうだい？」
星々の間にラズィが浮かんでいた。ブーカは目を見開いた。背中にべったりと張り付く感覚、恐怖だ。ブーカは震えながら口を開いた。
「死んだはずよ、ラズィ！」
「そうだよ。それがどうかしたかい？」
「うそ。げ、幻覚？」
「だろうなぁ。ははは」
男の姿は薄れ、引き伸ばされるように大きくなった。
「ハートゥもいるぜ。そこに」
巨大になったラズィの指差した先には膝を抱えてうずくまる小さな少年の姿があった。ハートゥだ。少年は顔を上げた。
「もう会えないんです。でもブーカさんには、もうすぐ会えるかな」
「ハートゥも死んだじゃない？」
「そうですよ。僕は死んでますよ。撃たれて焼けて死にました。ナガイ少尉もそこに」
ブーカは目をつむった。狂ったように首を左右に振った。
「僕らだけじゃないですよ」
ハートゥの声が耳元で聞こえた。ラズィの陽気な声がその後を追う。
「俺達だけじゃないぜ。オデッサじゃ大勢殺されたからな。ブーカ、あんたが殺した奴もいるさ。運の無い奴から死んでゆくんだ。見えるだろ？」
そう言ってラズィは両手を広げた。不思議に薄明の宇宙空間を白い光粒が無数に舞っていた。羽虫の大群が舞っているようだ。その白い光りひとつひとつが死者なのだ。死者達が新たな死者を迎えに来た。ラズィは首を傾げた。
「ブーカ、あんたの運はまだあるかい？」
「やめてよ」
ブーカは目を見開いた。ジムの撃つビームが交錯する空間を白い光の粒がたくさん舞っていた。
「死んでるくせに、あなた死んでるくせに、このまま、わたし死ぬの？ 死ぬのをラズィは待ってるの？」
ブーカは泣き叫んだ。ラズィの笑い声が響いた。
「別に待ってるわけじゃない。ただ、弱い奴から死ぬんだよ。弱いブーカは殺されるのさ」
ラズィの透明な手が伸びた。伸びてブーカの肩に近づいた。
「触れるな！」
ザクの腕が空を切り、シールドの縁がビームの光条と触れて閃光が散った。ブーカのザクは全バーニアを噴かして閃光の中から飛び出した。振り返って叫んだ。
「死者のくせに！」
涙声で叫んだブーカはラズィのいる空間にザクマシンガンを撃った。ハートゥの影をショルダーシールドでうち払った。宇宙が本来の暗さを取り戻し光の粒が消えてゆく。ラズィは薄れてつつ笑った。ブーカは泣き叫んだ。
「死にたくない、死にたくないよ」
消え行く光の粒がざわめいた。笑っている。その明滅する光幕の中で消えゆくハートゥが笑みを浮かべて言った。
「なら、殺す側ですよ」
ウェインは照準の中のザクが変わったことに気づいた。
「なんだ？」
ザクマシンガンを突拍子もなく撃ち始めたザクにウェイン隊は一瞬とまどった。直後にランドルスはいまいましいザクが見せた隙だと判断した。ザクは混乱したに違いない。
「チャンス到来。いただきまーす」
と、ランドルスのジムが離れた。ブーカ機へ急接近する。そのバーニアの光を見たウェインはちらとシャトル方面を一瞥すると顔をしかめた。ウェインはフットペダルを踏み込みながらクスへサインを出した。
「クス、牽制」
「了解」
クス機が瞬時にサインを返し、ウェイン機はランドルスを追って加速を始めた。クスはジムを反転させるとシャトル方向から接近するグランヒッコリ機に向けてビームを撃ちまくった。
ブーカは近づく白いモビルスーツ、ランドルスのジムを見た。バーニアの噴射光を後光に背負ったモビルスーツが急接近してくる。赤いシールドの影からスプレーガンを構えている。ブーカは目を見開き、直視した。死者達が興味深そうに群れているのだ。退けばやられる。弱い奴は死ぬ。戦わない奴はましてや。
殺しあいに参加してやる。ブーカは涙に濡れた顔を歪めヒステリックに吼えた。死んでたまるか、死ぬのはおまえ達だ。
急激に大きくなるジムめがけてバーニアを全開に。ロケット・モーターの加熱を警告するインジケータがスクリーンの一角に灯った。ブーカは無視した。
ブーカ機はランドルス機に急速に近づいた。ランドルスはビームスプレーガンを連射した。ブーカ機はビームをすり抜け接近する。ランドルスが予測できない軌道を描く。ランドルスは驚愕した。
「これはビームだぞ、わかってるのか？！」
急激に接近する二機の距離が縮まった。ザクのマシンガンが火を吹きジムのビームスプレーガンが閃いた。すれ違った二機はすぐに向きを変え、正対し、互いに一撃を加え、遠ざかった。
二機に追いつくべく加速していたウェインはすれ違う一瞬の結果が見えた。ウェインはコントロールパネルを手早く操作して通信用レーザーをランドルス機へ照準し叫んだ。ランドルス機の映像がスクリーンの中でズームアップされた。通信のコネクションが途切れ途切れになりつつもつながった。
「ランドルス、無事か」
応えるかわりに映像の中のランドルス機の左脚が閃いた。閃きの後にたくさんの細かい光の粒が拡がった。続いて閃光が二度起き、ランドルス機が力を失った。放られた人形のようにねじれをともなう不規則な回転を始めた。まさかとウェインは思った。この敵は危険すぎる。
「ランドルス、応答しろ。ランドルス？」
ウェインは叫びながらザクへ向けてビームスプレーガンを撃った。正面のスクリーンの中のザクはバーニアを使わずにひるがえり、ビームを避け、正対し、接近してくる。その正確な無駄のない動きはウェインを躊躇させなかった。左へ機体をすべらせてザクをかわしつつ、ウェインは牽制の射撃を続けた。だが主スクリーンの中のザクがみるまに大きくなる。ウェインはビームスプレーガンで牽制しつつ頭部のバルカン砲を撃った。六〇ミリ砲弾の弾幕がザクの進路を塞ぐ。
「これでどうだ」
ザクは機体を左へスライドして弾幕を避け、ビームスプレーガンの光条をすり抜け、避けきれずにビームを浴びた左肩のスパイクアーマーが溶けて崩れた。しかし接近は止まらない。ウェインはランダムに軌道をかえてザクの接近をかわそうとしたが、鋭い軌道でザクはウェインへじわじわと接近する。わずかでも操作をミスれば、その瞬間にザクはウェイン機に接触するだろう。ほんのわずかな空間を二機のモビルスーツが互いの隙を狙って高速で機動する。右に左に前に後ろに上へ下へ容赦のない高Ｇがかかる。クスを呼びたかったが隙がない。顔を歪ませつつウェインは耐えた。
いったい何が起きているのか。ウェインは歯を食いしばりつつ思った。最大出力を絞り出すエンジンの振動、震える主スクリーンの中に映る敵機。星と地球と暗い宇宙とめまぐるしく変わる背景の中で噴射光を背負った敵。つい先ほどまで逃げていた敵。モビルスーツが放つ殺気。
ウェインは操縦桿を倒しフットペダルを踏み込み制御パネルを操作しつつ高Ｇを耐えつづけ、その高密度の緊張の中で主スクリーンの中のザク位置がヨレたのに気づいた。ザクがするすると照準環へ近づく。ウェインの中を喜びが走った。敵は根競べに負けた。彼はビームスプレーガンの照準をつけようとした。ジムの腕が動き、体をひねった。ザクは照準環の中に飛び込んでくる、はずだった。
ザクの姿は照準環の縁で急激に大きくなった。
罠？誘いだったのか？ウェインはかまわずトリガーを引いた。ビームスプレーガンの光条がザクをかすめ、シールドを吹き飛ばした。ザクは壊れたシールドごとジムに衝突した。
「ぐっ」
ジムとザクは絡み合ったまま回転した。一瞬機が遠くなったウェインは、しかし、武器のセレクターをバルカンに切り替えた。照準する間もなくザクの左腕がのびてジムの頭部を打った。一撃二撃、三回目の打撃でジムの頭部が左に傾ぎ首のつけ根から火花が閃いた。ウェインの目の前でコクピットの計器表示が狂ったようにうごめいた。小さな火花が頭上を舞った。
「なんだ、これは」
とっさのことでウェインはモビルスーツの腕や脚を武器として使うことに思い至らなかった。これは戦闘機ではなくモビルスーツなのだ。だが、遅い。ビームサーベルを使う？だが近距離過ぎる。腕を使う？脚を使う？何をすればこの危地から逃れられるのか、ウェインは判断できなかった。ザクはヒートホークを起動しつつジムを蹴り飛ばした。ウェインは衝撃に翻弄されつつノイズだらけの主スクリーンの中にバーニアを噴かして迫るザクを認めた。ヒートホークを構え接近する姿にウェインはパニックに陥った。バーニアを逆噴射したが近寄られ、シールドをあげたが蹴りはじかれ、直後にヒートホークが振り下ろされた。ジムの左肩から灼熱の刃が圧しこまれた。
ウェインの目の前でコクピットの計器が一斉に赤く染まり、警告音が鳴り響いた。機体の上半身のコントロールが不可能なのが見て取れた。急激な負荷の変動に動力炉が緊急閉鎖され、予備動力に切りかえられた。これではバーニアを自由に使えない。
とうとう死ぬのか、とウェインが思ったとき、スクリーンの端にジムが現れた。バーニアを全開にして近づいてくるのはクスのジムだ。それを認めたザクはヒートホークをウェイン機から引き抜くき、邪魔だと蹴った。その反動で機体をひねりクスのジムに向かってバーニアを噴射、見る間に近づいた二機は一瞬ですれ違った。離れつつ、クスの機体の腰部から光の粒が流れ出し、直後に機体全体が明るいガスに包まれた。
「クス！」
ウェインの見つめる主スクリーンの端でクスのジムは閃光に包まれ、流れた。ザクは接触時のベクトルそのままで飛び去ってゆく。そのランドセルからバーニアの光は消えていた。
ウェインは唇を噛んだまま動かなかった。力を失ったジムのコクピットの中でノイズまみれのスクリーンの中で消えてゆくザクをただ見つめていた。
たった一機のザクにチームを失ったのだ。
「…」
ウェインは無言のまま見つめつづけた。
連邦宇宙軍巡洋艦クリストバルコロン、ブリッジ。
ジムが撃たれる様子は一部始終観測されていた。
「ウェイン隊が全滅？」
観測員の報告に艦長は立ち上がった。無言の時間の後に彼はつぶやいた。
「どういうことだ？」
なにはともあれ、艦隊は原形をとどめるジムとパイロット、ウェインとランドルスを回収せねばならず、艦長は回収を指示した。
その一方、戦狼から密かに発進したアドラ中尉率いる三機のドムは濃いミノフスキー粒子の影の中を漂いつづけ、ようやくクリストバルコロンを見下ろす位置まで進出していた。アドラ中尉は攻撃を開始、ジャイアント・バズを構えたドム編隊は上方に占位しつつ一斉に射撃を行った。この奇襲によってクリストバルコロンとサパレリは混乱に陥り、回収を待たずに加速を開始、空域から逃れた。とはいえ連邦艦隊は軌道をずらしただけで去ったわけではない。
シャトル、コクピット。
「そろそろ減速だろ？」
カーの問いにブーマーが答えた。
「あと三〇秒ですよ船長」
「敵が見えねぇ。運が続いてる、降下するぞ」
ティエンのザクが見守る中をシャトルは減速のためにロケットモーターを点火した。船長は信号器を手にすると発光信号を打った。
「護衛、感謝ス」
シャトルは減速を始め、ぴったりついていたティエンのザクから離れた。ティエンの視界の中でシャトルは急激に離れ、小さくなり、みるみる高度を落とし地球へ降下してゆく。
シャトルが無事降下するのを見届けたグランヒッコリは切れた凧のように漂うブーカの機体を探しだし捕捉した。近寄って左のマニュピレーターで固定した。
「ブーカ、無事か？」
グランヒッコリからの通信にブーカは応えなかった。
コクピットの中は計器盤のインジケータが赤く灯り、その赤い微光に照らされたブーカは目を大きく見開らき、操縦桿を握り締め、無言のまま動かなかった。
to be continue...
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