一回目の加速は終了し、インターバルの後に二回目の加速が始まった。これでいっきに不明艦を捕捉する。
戦闘準備の騒動は終わっていた。仮装巡洋艦ローレライは緊張に包まれて予定戦闘空域へ向かう。
火器管制士官はブリッジで戦闘時の支援システムを立ちあげて入念にシュミレーションを繰り返していたし、砲手はメガ粒子砲の照準システムのチェックを終って眼と手を休めていた。モビルスーツ部隊はMS-06Cの出撃準備を終えていた。一人だけランドセルの主バーニアの調整をつづけていたが、ジムニー達は船内に戻っていた。
グランヒッコリも例外ではなくチューニングを済ませてコンテナ内の待機室で身体を休めていた。とはいえ、頭の中はやがてくる戦闘のことでいっぱいだった。
ブーカはいまだあきらめ切れないようだったが、戦闘時にグランヒッコリの行動を支援すべくブリッジのシートを一つ、自分の為に確保し通信環境と支援システムを構築していた。ナハル副官はブーカの流れるような作業に見とれていた。
エンジンの振動がゆるやかになったと感じた途端、身体に感じていた加速がいきなりなくなった。二次加速の終了だった。
航海士が言った。
「加速終了。不明艦の探査を開始してください」
狭いブリッジに航海士の声が響く。艦長は技術士官に言った。
「不明艦は見当たらんか？」
「七八哨とデータリンクして探査しています・・・発見しました」
その方位は即座に航海士のコンソールに転送され、ふたたびローレライは加速を開始した。
敵味方識別信号を発するが応答はない。急激に距離を縮める不明艦の赤外パターンを分析していた技術士官が叫ぶように報告した。
「連邦艦です！サラミス級巡洋艦ですが・・・艦名は不明」
「サラミス級か・・・」
予期していたとはいえ望ましくない事態になった。
不明艦の進行方向を押さえるように仮装巡洋艦ローレライは機動しているにもかかわらず不明艦は進路を変えず接近し続けた。ということは戦闘を辞さない覚悟だと言うことだ。
艦長はナハル副官に向かってうなずいた。ナハル副官は船内通話装置を全回線開いて言った。
「総員戦闘配置！！」
ブリッジに緊張が走った。つづいて一連の命令を出した。
「ミサイル準備！ミノフスキー粒子戦闘散布急げ！！モビルスーツ発進、急げ！」
仮装巡洋艦ローレライは戦闘艦となった。
グランヒッコリは待機室から飛び出すとヘルメットをつけエアロックを抜け、MS-06Cのコクピットにもぐりこんだ。
「モビルスーツでるぞ」
「了解」
ブリッジからブーカが答えた。
「発進よろし・・・ねぇグラン、今からでも代わらない？」
「・・・・・」
すでにウォームアップを済ませた機体はいつでも全力行動できた。だが、もともとモビルスーツ搭載艦ではないローレライはMS-06Cをコンテナデッキにむきだしで積んでおり、出撃にはちょっとした儀式が必要だった。
連絡艇を兼ねる工作ポッドを使ってコンテナデッキの固定装置からモビルスーツを宇宙空間にひっぱりだすのだ。モビルスーツは外に出るまでバーニアは無論、手脚さえ動かしてはいけない。
船首ハッチから工作ポッドがでて舷側に回りんだ。MS-06Cをコンテナデッキからひっぱりだすのに三分かかった。MS-06Cが宇宙空間にでてゆっくりと船体から離れていった。グランヒッコリは機体に電子の息吹を吹き込み、MS-06Cの一つ目が赤く輝いた。
「離艦完了」
ブリッジから艦長じきじきに通信が入った。
「こちら艦長」
「了解」
「我々は、いってみれば猟犬の役だ。いいか、盛大に吠えろ」
「？？」
「以上」
「りょ、了解」
言わんとすることはわかるが、出撃の時にわざわざ言わなくてもいいだろうに、とグランヒッコリは思った。
グランヒッコリは計器の明かりだけの薄暗い中ですばやく武装をチェックした。
バズーカにヒートホーク。エネルギーレベルはＭＡＸ。バーニアの調子は良好。これからの戦闘の間に頼れるのはMS-06Cだけだ。一通りのチェックを終えて主バーニアを最大巡航レベルで噴かした。MS-06Cははじかれたように加速した。
加速しながらバズーカを構えた。MS-06Cの腕が動くにつれてコクピットの中に機体のきしみ音が大きく響いた。
「・・・きしむ」
グランヒッコリはつぶやいたつもりだったがジムニーが応答した。
「こちらでモニターしてますけどそれぐらいなら許容範囲ですよ」
「でも、すごい音だったぞ」
「くたびれた機体ですから、そのぐらい普通です」
ジムニーはきっぱり断言し、グランヒッコリは顔をしかめた。くたびれた機体だと。他にも言い様があるだろうに、不安になるじゃないか。
MS-06Cはバズーカを構えた姿勢を固定し、連邦艦に向かった。
仮装巡洋艦ローレライ、ブリッジ。
戦術支援コンピュータが攻撃タイミングをはかり射撃可能のサインがでた。艦長はうなずき火器管制士官は指示を出した。途端、対艦ミサイルがランチャーから撃ちだされ、またたくまに宇宙の奥へと消えて行った。
すぐに次のミサイルが装填されローレライはつるべ撃ちにミサイルを撃った。
しばらくすると連邦艦のいるあたりの空間にミサイルの爆発による閃光が、ぱっ、ぱっとまたたいた。ローレライは大加速をかけて大きく位置を変えた。閃光のあたりからカウンターのミサイルが飛来し、ガスと大運動エネルギーをもった破片をまき散らした。ローレライはかろうじてそれらを避けた。
仮装巡洋艦ローレライはミノフスキー粒子を散布しつづけた。
ミノフスキー粒子はこの戦争でジオン公国によって実戦に用いられ、従来の兵器を過去の遺物にしてしまった。この素粒子には電波妨害する機能がありレーダーやその他の電磁波を使用できなくしてしまうのだ。したがってミノフスキー粒子が十分な濃度に達したフィールドでは電磁波を用いた誘導兵器は役に立たず、有視界戦闘のみ行える。
だから戦闘の前にミノフスキー粒子を散布してレーダーをマスクし、敵艦の眼をつぶして、こちらの位置をわからなくするのだ。同様に敵艦もミノフスキー粒子を散布する。
今ローレライの直面している状況も同じだった。だが、連邦艦がミノフスキー粒子の影に隠れて逃げようとしても、こちらには有視界戦闘兵器モビルスーツMS-06Cザクがある。モビルスーツは有視界戦闘用に開発されたジオン公国軍の新兵器で、連邦軍では未だに開発されていない。そう考えると連邦艦の行為は自らの首を絞めているようなものだ。
ローレライのブリッジでは皆が高加速Ｇに耐えていた。
「ミノフスキー粒子、戦闘濃度に達しました」
「モビルスーツはどうか？」
「加速接近中です。１分で敵艦に接触」
「範囲外砲戦用意！主砲待機！！」
モビルスーツが敵艦に接近し、その位置情報を母艦とデータリンクすることで敵を遠距離から砲撃することが可能になる。
連邦艦に接触したグランヒッコリからレーザー通信で照準情報が転送された。
「射撃準備よし」
と火器管制士官。艦長は片手を挙げた。
「よぉーし。撃てっ！」
叫ぶと同時に手を振りおろした。
ローレライのコンテナデッキから一本の光条が伸びた。高エネルギーを含んだビームが空間を切り裂き連邦艦のいる空間へ伸びた。二門のメガ粒子砲は交互に六発づつ計十二発を撃った。
砲撃は連邦艦後方の空間をないだが当たらなかった。連邦艦は方向を変え加速した。加速しながらMS-06Cに向かって攻撃してきた。
連邦艦の細長い船体の二ヶ所からガス煙があがり、砲弾がMS-06Cを襲った。
見つかった、とグランヒッコリは判断した。のんびり連邦艦の位置を転送している場合ではない。グランヒッコリは発光信号を出した。
「対艦戦闘に入る」
ローレライのブリッジでは光学センサでグランヒッコリの行動をモニタしていた。発光信号を読んだブーカはレーザー通信で応答した。
「了解・・・グラン、壊さないでよ」
ブーカのメッセージは機動に入ったグランヒッコリに届かなかった。
九○二は連邦艦へ接近を開始した。
仮装巡洋艦ローレライは砲撃を中止した。連邦艦に正対するよう姿勢を変えるよう艦長が命令する。
グランヒッコリはMS-06Cの全バーニアを全開し突入、高速で連邦艦に向かったが、連邦艦は対空砲の弾幕を張った。近づけない。
グランヒッコリはアポジモーター（姿勢制御のためのバーニア）を使って螺旋を描きながら連邦艦の周りをめぐった。弾幕の間をすり抜けるようにMS-06Cは機動した。
「対空砲がすごい。ほんとにサラミス級か」
グランヒッコリの知っているサラミス級ではなかった。おそらくルウム戦役後のモビルスーツ対策を施された改装後の船だろう。
グランヒッコリは連邦艦からいったん離れた。細長い楕円軌道で連邦艦から遠ざかるとバーニアを全開にして急激に向きを変え、すかさず直線で突入した。バズーカを発射し、弾体が一直線に連邦艦に向かった。連邦艦は高加速回避運動に入り、その一瞬対空砲の弾幕に隙ができた。
恐怖に歯を噛みしめながらグランヒッコリは後部砲塔に接近、激突の寸前でバーニアを逆噴射したが、速度を殺し切れずMS-06Cの脚は大きく屈んでコクピットの中にきしみの音が無気味に響いた。
「とりついた！」
対空砲がMS-06Cをねらって旋回するのを認めたグランヒッコリはバズーカを発射、一撃で対空砲座は爆散した。
後部砲塔はMS-06Cを見失ったのか、左右に触れていた。それに向けてバズーカを発射した。発射と同時に砲塔は爆発した。破片が高速で飛び散りMS-06Cの装甲に当たった。
連邦艦はMS-06Cを振りほどこうとして加速したが無駄だった。
幸先いいぞ、これなら連邦艦を沈められるかもしれない、とグランヒッコリは思った。砲塔を一つつぶした。あとエンジンにダメージを与えれば、連邦艦の足を止められる。
エンジンは船体の後方にあった。MS-06Cはバズーカを構えると、エンジン部の船殻に撃ち込んだ。弾体は突入角度が浅くバウンドしてから爆発したが、爆発の衝撃で船殻がささくれ立つように変形した。グランヒッコリは最後の一発を撃った。今度はささくれの中に入って爆発した。
その時、グランヒッコリは嫌な気配を感じた。殺意だ。
後部モニタに目を走らせると船首の手前に宇宙服を着た人影があった。違う、モビルスーツだ。馴染み深いシルエットの黒いモビルスーツが燃えるメガ粒子砲塔の隣に立っていた。
「ザ、ザクか？！」
叫びながらグランヒッコリはMS-06Cを振り向かせようとした。きしんだ音が響いた。MS-06Cの動きはゆっくりでグランヒッコリは恐怖にかられた。
モニタに映るモビルスーツは太く長い砲身をもつ兵器を携えていた。モビルスーツは兵器を構えた。スローモーションのようにゆっくりと砲口がこちらを向く。
「あ、あ」
MS-06Cが振り向く動作の途中で連邦のモビルスーツの兵器が火を吹いた。
バガン！
MS-06Cの左肩のスパイクアーマーが飛ばされた。衝撃によろめいたMS-06Cの足が連邦艦から離れた。
グランヒッコリは衝撃に耐えた。そのままバーニアを全開にして連邦艦から飛び上がった。損傷をチェックすると左肩に直撃をくらって腕の機能の９０パーセントが使えない。
「零距離で撃つとは・・・素人か？」
グランヒッコリは冷や汗をかきながらつぶやいた。
もし今の攻撃でMS-06Cが爆発したら・・・零距離での爆発は連邦艦を確実に巻き込む。それを考えると今の攻撃は無謀だ。
黒いモビルスーツもジャンプ、MS-06Cを追う。手にした兵器−大口径ライフルが火を吹いた。MS-06Cは砲撃を回避するために激しく機動した。動かない左腕のモーメントが邪魔だった。
「振り切れない」
グランヒッコリは軽くなるためにバズーカを黒いモビルスーツに向かって投げつけた。モビルスーツはあっさりとかわした。それでも加速能力に差があるらしく振り切れない。このまま逃げ回っていたのではジリ貧になる、とグランヒッコリは思った。ならば、と、武器をヒートホークに切り替えた。
逃げるMS-06Cの右腕がヒートホークをつかむ。MS-06Cは逆噴射でするどく方向を変え、黒いモビルスーツに体当たりをかけた。
黒いモビルスーツはMS-06Cの運動に合わせられれずショルダーアタックの一撃を受けた。続いて放たれたMS-06Cのヒートホークの初撃は黒いモビルスーツの頭部をかすめた。黒いモビルスーツは手にした大口径砲を槍のように構えた。構えた砲身の先はするどい刃になっており薄く赤く光っていた。ヒートホークと同じ様な武器らしい。そして反撃して来た。二体のモビルスーツは近距離で殴り合いを始めた。
連続してコクピットに機体のきしむ音が響いた。今にもばらばらになりそうな音だ。グランヒッコリは汗をかいていた。敵は戦士として慣れていないようだが、モビルスーツの性能は敵の方がいい。初撃で仕留められなかったのは失敗だ。左腕が邪魔な分こちらは不利だ。
「連邦軍のモビルスーツだと・・・」
グランヒッコリをモニタしていたブーカの報告に仮装巡洋艦ローレライブリッジは静まり返った。
敵がモビルスーツを装備していたのは完全に予想外の事だった。しかも奇襲を受けて損傷し、不利な状況でモビルスーツ同士の格闘戦に入ったと言う。
敵艦のメガ粒子砲を一門破壊しているが、このまま撃墜されるとローレライは敵モビルスーツとサラミス級巡洋艦の双方を相手にして戦わなければならない。MS-06Cは破壊されてはならない。艦長は即座に決断した。
「グランヒッコリを支援する。最大戦速。近距離砲戦準備！」
ローレライのエンジンはうなりをあげ最大加速で前進した。やがて砲手の照準のなかに連邦艦の赤外パターンがぽつりとあらわれ、みるみる大きくなってゆく。
連邦艦はローレライの動きに気づき、残った砲−それでも四門あった−による砲撃を始めた。飛来した弾体がローレライの舷側をかすめて爆発した。船殻の塗装が沸騰し、細かい泡が沸き立つ。
ローレライのブリッジでは火器管制士官が射撃のタイミングを図っていた。メガ粒子砲コンテナの中では砲手が照準環の中でゆれる連邦艦の赤外パターンを見つめていた。
連邦艦の砲撃はより激しさを増し四門の砲を二門ずつ交互に撃った。至近弾が続いたと思ったとたん、ローレライの左舷が直撃を受けた。補助装甲のシュルツェンを貫いた弾体は船殻に当たった。一拍おいて船殻が爆発で盛り上った。
衝撃にローレライの船体が震えた。だが火器管制士官はタイミングを図り続けていた。敵艦と異なりローレライのメガ粒子砲は連射を続けることができないのだ。最初の斉射で充分なダメージを与えねばならない。汗だくになりながら火器管制士官は敵艦を見つめていた。
「第四デッキ、被害を報告せよ」
「左十二番アポジモータ、反応なし！」
「燃えているぞ、消火急げ」
混乱したブリッジの中、艦長は大声で命令した。
「敵艦と並進せよ」
艦長の声にパイロットはスラスタを全開にして応えた。ローレライは敵と並進する。
「ブリッジ、射撃命令を」
砲コンテナから我慢し切れなくなった砲手が悲鳴ともつかない連絡をよこした。火器管制官はついに射撃命令を下そうとした。
その瞬間、メガ粒子砲動力コンテナに敵の主砲が命中した。
二度目の衝撃がブリッジを揺さぶった。衝撃に耐えながら火器管制士官は砲コンテナと連絡をとろうとしたが、砲手は沈黙したままだった。
ローレライは主砲を失った。
「なんと！」
艦長はきりっ、と歯を鳴らすと後退を命じた。ローレライは並進したまま連邦艦との距離を取った。幸いに連邦艦は追ってこない。
連邦艦に一方的に攻撃されるローレライを横目にグランヒッコリは敵のモビルスーツと組み合いながら少しずつローレライに近づこうとした。だが、どんどん低下するMS-06Cの出力と敵の機動によって果たせなかった。
そんな動きに気づいていたが、艦長以下ブリッジ要員にはどうすることも出来なかった。
「敵のモビルスーツの映像はだせるか？」
艦長はブーカに向かってたずねた。
「だせますが・・・鮮明な画像ではないですよ」
答えたのはブーカではなかった。いつのまにかジムニーがシートに座っていた。
「・・・君は、なんだ？」
「画像を出しました。ちなみに私はジムニー・アンダヒル整備兵です」
艦長はモビルスーツを一瞬忘れてジムニーを見つめた。
「整備兵が、なぜここにいるのだ」
「ラクハン軍曹に頼まれました」
「ラクハン・・では、ラクハンはどこに行った？」
そのときオペレータが叫んだ。
「先程の砲戦中に連絡用の工作ポッドが出てました。誰か命令されましたか？」
ナハル副官が艦長に視線を向けた。艦長は首を横に振った。
「命令はない。誰が乗っている？」
「レーザー回線開きます・・・ラクハン軍曹？」
通信用スクリーンに映ったのはブーカだった。ノーマルスーツを着込んだ彼女は独り工作ポッドに乗り込んでいた。ナハル副官は通信機に向かって叫んだ。
「ラクハン、何をしている？」
映りの悪いスクリーンの中でブーカが答えた。
「グランヒッコリの支援のため出撃した。これから戦闘域に向かう」
「ばかな！」
ナハル副官と艦長は同時に叫んだ。工作ポッドで何が出来るというのだ。
船外モニタが加速する工作ポッドを映しだした。工作ポッドは一本のマニュピレータでポッドと同じくらいの大きさのザクマシンガンをつかんでいた。もう一本のマニュピレータで加速用のブースターを挟みこんでいた。
「グラン機が撃墜されれば、本艦が危険な状況になります。だめでもともと、武装した工作ポッドで奇襲すれば、一時的にせよ二対一になります」
と、ブーカ。ナハル副官は反射的に言った。
「無茶だ」
「工作ポッドには装甲が無いぞ。一発でも当てられたら死ぬぞ」
と、艦長。
「大丈夫、自信があります。注意を引きつければグランがなんとかしてくれる」
そのままスクリーンのブーカの画像が消えた。
「工作ポッドで通信を切ったようです」
とジムニーが言った。
「君は・・・彼女のやることを知っていたのか？」
ナハル副官が目を吊りあげてジムニーに訊ねた。
「ええ、工作ポッドでザクマシンガンは無茶だと思うんですけど、ブーカさんは人の話を聞きませんから・・・」
ジムニーは茫洋と応えた。
少し前、連邦のモビルスーツによる奇襲を報告した直後にブーカはブリッジを飛びだしていた。まっすぐモビルスーツ整備コンテナに行くと、待機していたジムニーと整備員を捕まえて工作ポッドの出撃準備を命じたのだ。ジムニーは警告したがブーカはそんなの聞いてなかった。残り二人の整備員は無茶と思いつつも手伝った。
ローレライが連邦艦に接近し、苛烈な砲撃を受けている間に工作ポッドはザクマシンガンとブースターを装備し電子的な接続も済んでいた。
そして、ローレライに敵のビームが命中したどさくさにブーカは単機工作ポッドで出撃したのだ。
ブーカはブリッジとの通信を切り、ブースターのコントロールに神経を集中した。マニュピレータをうまく操ってグランヒッコリと敵モビルスーツに近づかねばならない。ブリッジの命令を無視したのはまずいが直接の指揮官はグランヒッコリだからかまうまい、とブーカは思う事にした。
一方、グランヒッコリは黒いモビルスーツを相手に苦戦を続けていた。
グランヒッコリが逃げようとすると黒いモビルスーツは携帯している砲で狙ってくる。それをかわしているうちに撃たなくなったのを見ると弾切れになったようだった。しかし黒いモビルスーツは砲口についているヒートブレードを振りかざして追ってくるのだ。加速力で劣るグランヒッコリは追いつかれてしまう。
鋭い接近警告音に後部スクリーンをみると黒いモビルスーツが大きく迫っていた。MS-06Cはバーニアを使って振り返ると黒いモビルスーツのヒートブレードの一撃を右肩のシールドでそらした。シールドの縁がなめらかに削りとられた。黒いモビルスーツはヒートブレードに振り回されてMS-06Cにもたれかかるように傾いた。そのかがんだ黒いモビルスーツをMS-06Cは蹴りあげたが、黒いモビルスーツはびくともしなかった。
「くぅーーーっ！」
蹴った反動で離れながらグランヒッコリはつぶやいた。連邦のモビルスーツは嘘みたいに丈夫だ。蹴ったこちらは壊れるかと思うほど衝撃があったのに、スクリーンの中で黒いモビルスーツは一回転し、姿勢制御のガスを吹いて立ち直ろうとていた。形はザクに似ているが、中身は別物らしい。
「らちがあかない」
ヒートホークを打ち込めればダメージを与える事が出来ると思うのだが、さすがに黒いモビルスーツもそんな隙は見せてくれない。
グランヒッコリは横に逃げようとして主バーニアのペダルを踏んだ。反応が無い。もう一度踏んだがなんの反応もない。グランヒッコリはぞっとした。主バーニアが壊れた。
その時、後方スクリーンが虹色に輝いた。発光信号弾だ。光のパターンは短い信号を表していた。光はなごりを惜しむようにじわじわと消えた。光の消えた空間に工作ポッドがザクマシンガンを構えていた。
後部スクリーンの中で工作ポッドのキャノピー付近がチカチカ輝いた。発光信号だ、グランヒッコリは横目で読んだ。
「支援スル。ぶーか」
ブーカがやってきた。工作ポッドにザクマシンガンとは、無茶なことを。グランヒッコリは助かった思いよりも厄介ものを背負わされた気分になった。
ブーカに気をとられている場合ではなかった。正面スクリーンの中では黒いモビルスーツが体勢を立て直していた。ヒートブレードを構えて近づいてきた。
MS-06Cのコクピットに異なる接近警告音が二つ鳴った。ひとつは正面の黒いモビルスーツ。もうひとつは、後部モニタに映っているザクマシンガンを構えた工作ポッド。
後部モニタの中で工作ポッドがふたたび発光信号を発した。短く同じ意味の信号が繰り返された。フリーズ、フリーズ、フリーズ。
「フリーズだと？ どういうことだ」
グランヒッコリが悩む間もなく、工作ポッドのザクマシンガンが火を吹いた。
火の玉が後部モニタいっぱいに広がった瞬間、MS-06Cの頭部をかすめてザクマシンガンの弾が黒いモビルスーツに吸い込まれて行く。黒いモビルスーツの胸部に火の玉がはじけた。
「うわ、うわ、よせ、ブーカ、危ない」
ブーカの射撃は正確だった。しかも発射の衝撃で跳ね回るザクマシンガンをアポジモーターで抑える離れ業をしながら正確な連射を続けたのだ。冷や汗をかきながらグランヒッコリは感嘆した。
だが、黒いモビルスーツはザクマシンガンでは沈まない。着弾の衝撃から立ち直ると射撃の主を探すように黒い頭部をめぐらせた。
「ブーカ、退け、あいつ化け物だ。無理だ」
グランヒッコリは叫んだ。MS-06Cの右手は工作ポッドにむかってあっちいけというジェスチャーをした。それを見たブーカは
「私の心配をしている閑があるの？」
と、つぶやいたが、そのとおりに黒いモビルスーツは工作ポッドなど無視してMS-06Cに向かってヒートブレードを構えた。そしてダッシュ。対するMS-06Cは右肩のシールドに隠れるように構えた。
グランヒッコリは勝負をこの一撃に賭けようとしていた。工作ポッドでブーカが乱入してきた以上、グランは攻撃的にならねばならない。逃げようにもバーニアが動かない。この一撃、この一撃で決めてやる。MS-06Cはシールドの影ですばやく熱いヒートホークの刃を返した。
ヒートホークを構え直したMS-06Cの様子を見てブーカはグランヒッコリの考えが読めた。
「なぜ、わたしを上手につかわないの？」
ブーカは独りつぶやくと工作ポッドをMS-06Cに向かってフル加速させた。
グランヒッコリは正面スクリーンの中でみるみる大きくなる黒いモビルスーツを凝視した。表示される距離データの数字が急速に減って行く。
そのとき、後部の接近警告音が再び鳴った。
「ブーカか？！」
後部モニタにちらりと視線をむけると案の定ブーカの工作ポッドが矢のように向かって来る。ブーカは血迷ったのかMS-06Cの上半身に向かって一直線に加速していた。後ろからブーカが、正面のスクリーンには黒いモビルスーツが、避けようがないほどに迫っていた。グランヒッコリは一瞬混乱した。黒いモビルスーツは構えたヒートブレードをMS-06Cに向けて突き出した。
MS-06Cはかがんで避けた。かがんだ空間に工作ポッドが突っ込み、ヒートブレードをかすめると黒いモビルスーツの胸にぶつかった。
胸部に衝撃を受けたモビルスーツは体を開きながらのけぞり、工作ポッドは弾かれて回転しながら遠ざかった。一瞬の出来事だった。
その隙をグランヒッコリは逃さなかった。ヒートホークを振り上げ最大出力の一撃を黒いモビルスーツの腰部に叩き込んだ。ヒートホークのぶ厚い刃は放電を発しながら三分の二ほどもぐりこんだ。
「どうだっ」
ヒートホークを抜くと亀裂から白色のガスが吹き出した。MS-06Cは黒いモビルスーツを蹴り飛ばした。
ゆらゆらと離れた黒いモビルスーツは断続的にバーニアを噴かすとMS-06Cから離れて行った。ヒートホークの深手も息の根をとめるにはいたらなかったようだが、戦う気は無くなったようだった。黒いモビルスーツはゆっくりと離れて行ったが、グランヒッコリのMS-06Cは主バーニアが動かず追うことはできなかった。もっとも追う気もなかったが。
去って行く敵を目で追いながらグランヒッコリは報告した。
「敵モビルスーツは戦闘力を失い撤退した」
ローレライからジムニーが応える。
「サラミスは黒いモビルスーツに近づいてます。おそらく収容するんだと思いますよ。気をつけて」
連邦艦は黒いモビルスーツに近づきつつ砲撃、当てるよりも牽制のための砲撃だった。ローレライはミサイルを放ちながら前進しMS-06Cを支援した。
連邦艦はモビルスーツを収容すると、砲撃を続けながら後退した。グランヒッコリが連邦艦のエンジンにダメージを与えているので明らかに加速が鈍くなっていた。
「敵は撤退に入りました。少尉、収容しますから現在位置を維持してください」
ジムニーの要請をグランヒッコリは聞いていなかった。
「ジムニー、ブーカはどこにいる。連絡はないか」
ジムニーが息を飲む気配がした。
「ありません・・・工作ポッドは遠ざかってゆきます・・・」
「工作ポッドの位置とベクトルを転送してくれ。助けに行く」
「だめですよ。艦長はモビルスーツの収容を先にしろと」
「転送してくれ、ブーカが乗っているんだ」
砲弾とミサイルが交錯する空間で、グランヒッコリは工作ポッドを探した。拡散してきたとはいえミノフスキー粒子のためにレーダーが鈍い。
「第七八哨戒戦隊が高加速接近中。現在位置を維持してください」
ローレライがMS-06Cに近づいてきた。グランヒッコリは、その動きを無視して工作ポッドの消えた方向へ向かった。アポジモーターしか使えず加速はゆるやかだった。
「もっと速くならないのか」
グランヒッコリはもどかしかった。
MS-06Cをローレライが追い、さらにその後ろはるか彼方に光の点がゆっくりと動いていた。連邦艦を追跡する本隊、第七八哨戒戦隊だ。光はすぐに三つに増え、ムサイ級軽巡洋艦の艦影となって迫ってきた。
グランヒッコリは工作ポッドらしい運動体をみつけた。アポジモーターを使ってそろそろと近づく。主バーニアと比べ出力が低いのでいらいらするほど遅い。
「ブーカ、無事か？ ブーカ、聞こえたら返事しろ」
あの黒いモビルスーツへ一撃した瞬間がグランヒッコリのまぶたに焼きついていた。体当たりした工作ポッドは衝撃でつぶれていた。ブーカはどうなってしまったのか。
やっと追いつくと工作ポッドは衝突直後と同じように回転していた。マニュピレータは根元から折れ、ザクマシンガンとブースターもろとも消えていた。
MS-06Cは動く右腕でそっとポッドの船体を押さえた。回転が止まり工作ポッドの様子が明らかになると、グランヒッコリは息を飲んだ。ポッドの船体はつぶれて外板がまくれあがり、破けた船殻から破断したフレームが覗いていた。
グランヒッコリはMS-06Cのコクピット・ハッチを開き、身体半分を宇宙空間に乗り出して工作ポッドを見つめた。
しんとした宇宙空間の中、強烈な太陽の光に鋭いコントラストをみせて破壊された工作ポッドが漂っていた。グランヒッコリは、あぁ、と声をもらした。
グランヒッコリはハッチから出てヘルメットの通信器の出力を最大にして叫んだ。
「ブーカ、ブーカ、ブーカ、返事をしろ」
返事はない。ハッチから出るとグランヒッコリは命綱を結ぶのも忘れて工作ポッドへ飛んだ。工作ポッドのまくりあがった外板から中を覗きこんだが、銀色の金属の板が乱雑に重なるばかりで、ブーカの姿は見えなかった。ヘルメットだけが一つ、挟まれてつぶれていた。グランヒッコリは首をふるとフレームに近いところを右手で叩きながら叫んだ。
「ブーカ、返事をしろ。通信出来なければ、近くを叩け。叩けばわかるから」
返事はない。振動も伝わってこない。輻射熱で熱い外板に触れたまま、グランヒッコリはなおもブーカを呼びつづけたが、宇宙は静かなままだった。
ローレライが追いついて、動かないMS-06Cの後ろで姿勢制御スラスタで逆噴射を始めた。
「叩けば、わかるから・・・」
グランヒッコリは外板を引きはがそうとしたが、びくともしない。
「ブーカ、ブーカ・・・」
グランヒッコリはブーカの名をくり返しくり返し呼んだ。
とその時、こつこつ、とヘルメットが叩かれた。
グランヒッコリが振り向くと細身のノーマルスーツが逆さに浮かんでいた。
ノーマルスーツはグランヒッコリのヘルメットを両手でつかむと引き寄せて自分のヘルメットに密着させた。
「何度もいわなくてもわかるわよ」
バイザーの奥にはブーカのうれしそうな目があった。
グランヒッコリは、ぽかん、と口を開けてブーカの目を見ていたが、いきなりブーカの体を引き寄せて背中をぱんぱん叩きながら言った。
「死んでしまったのかと思った。死んでしまったと思ったよ」
声がすこし湿っぽかった。ブーカは苦笑しながら言った。
「わかってないな、グランは。わたしが死ぬはずないじゃない」
「はははは、ははははは」
グランヒッコリは笑いだした。ブーカもつられて笑った。二人は抱き合ったまま笑いづつけた。
仮装巡洋艦ローレライは工作ポッドを抱えたMS-06Cの脇に静止した。ハッチからは担架を持った甲板要員が船から出ようとしている。
ジムニー達はMS-06Cとつぶれた工作ポッドの回収のために残った工作ポッドを発進させようとしていた。
「ところで、」
と笑みを絶やさずにブーカは切り出した。
「次は、わたしが乗れるんでしょ？」
グランヒッコリの表情が固まった。
ブリッジでは大急ぎで戦闘結果報告を行っていた。連邦艦は射程距離から遥かに遠ざかり、第七八哨戒戦隊はローレライの彼方を一列縦隊で追いかけて行く。
第二○八哨戒戦隊の臨時作戦は終了した。
仮装巡洋艦ローレライは主砲を破壊され航海中の修理は不可能だった。また、傷だらけのMS-06Cは戦闘不能と判断され炉を落としてモビルスーツコンテナに格納された。
哨戒任務の続行は不可能と判断した艦長に対し、スピカ艦隊司令部はかわりの艦が向かうまで任務を続行するようにと伝えた。
戦闘力を失った第二○八哨戒戦隊はその後三十二時間の哨戒任務を行った後、ア・バオア・クー要塞へ帰投した。
連邦艦は第七八哨戒戦隊から逃げつづけたがソロモンから出撃した邀撃艦隊と第七八哨戒戦隊の挟み討ちにあい、自沈した。黒いモビルスーツの正体はわからずじまいであった。
グランヒッコリとブーカはア・バオア・クー要塞に帰投したのちに、第五六モビルスーツ大隊司令部に呼ばれた。そこで連邦のモビルスーツの事を報告した後、新たな命令を受けた。第二○八哨戒戦隊の任務を解かれた二人は驚く間もなくグラナダへ連れて行かれ、そのまま補給船に詰め込まれた。
補給船は物資とモビルスーツとグランヒッコリ達パイロットを載せて発進した。
行く先は地球、ユーラシア大陸。二人を乗せた補給船は大気の底へ降下して行った・・・。
The enD