某月某日、私は急きょ北海道へ旅立つことになった。アレがばれたのだ。というのはウソ。休暇が取れたのだよ。
旅立ちの前の週、私は北海道のガイドブックを実家から手に入れ、地図を前に綿密な計画を立てた。それは、つまり、「行った先で考える」である。出発まで間が無いし、困ったことにどこへ行きたいってこともないし、北海道をどれくらいのペースで走れるかよくわからない。ただ、ひとつだけ決めた。それは、”ほっかいどーを体験する”だ。
せっかく行くのだから北海道ならではのなにか、いかにも北海道であるというなにかを見てこようと思った。いつもなら”温泉につかりながらだらだらする”とか”温泉でくつろぐ南国の旅”とか、”温泉につかりながら無為に日を過ごす”とか、ひたすらのんびりするのだが、今回は違うぜ、硬派にツーリングするぜ、ひさびさのロングでソロだしな、といったあんばいである。
（※ロングとはロングツーリングの略、ソロとはソロツーリングの略である）
私は愛用しているオートバイ、ＧＰＺ４００Ｒ、その名を”三本めの脚”、またの名を”股の下の熱い固まり”、又の名を”子種殺し”の整備に半日かけた。と言ってもオイルを交換して潤滑剤を吹き付けただけだけど。
ちなみに私のバイクは古いせいか排熱が悪く、夏に乗り回すと熱の固まりとなり、その熱は容赦なく私の下半身を襲い、腰から下はサウナ状態になってしまう。それで前記のような命名となった。
なにせ古いマシンなので今回のツーリングは無事に行って帰ってこれるかどうか不安である。もし壊れたら捨てちゃおう。
旅行前日の金曜日の夜だった。私は事務所にいた。終業時間も過ぎており私は帰ろうとしていた。すると隣の席のタガノさん（仮名）が話しかけてきた。
「ズガヤさん（仮名）は今夜発たれるんでしたっけ？」
「そうだよ。まぁ、行けたらだけど」
なんて会話をしていたら、ブルオゴリ（当時仮名）さんが
「ちょっとズガヤくん（仮名）いい？」
「なぁに？」
「総合コンパイルなんだけど、まだいる？」
「もういない」
「えー」
「大丈夫、簡単簡単。ダナガ（仮名）もやり方知ってるし」
なにやら用事があったようだが私は「もういない。心は帰宅済み」を連発して帰宅した。そういう奴なのだ、私は。
心つもりでは午前２時３０分くらいに出発するつもりだったし、荷作りしてないから時間が欲しかったという事情もあるけれど、仕事どころの心境でないというのが本音（＾＾；。
私は常磐線にゆられて天王台（仮名）の寮へ、部屋に戻ると急いで荷造りした。けっこうな荷物だ。同じ寮のザザギ（仮名）さんにサイドバックを借りた。これはバイクのリアシートの両脇にぶらさげるバックだ。私はバイク用の雨合羽やパンク修理の道具（これも借り物）や野宿用のコンロやら懐中電灯やら蚊取り線香をサイドバックに詰め込んだ。
２２時くらいに準備を終了した私は風呂に入り、さっぱりしたところで畳の上に横になった。出発までに仮眠を取ろうと思ったのだ。布団を敷いて寝た場合は翌日の昼まで寝てしまう。だから畳の上に横になり電灯も点けっぱなしで寝たのだ。
このもくろみは成功し、私は午前２時に起きることに成功した。これはすごいことだ。自分で自分を誉めてあげたい。
大荷物をかかえて深夜の駐車場へ、荷物をバイクにくくりつける。大変な作業だ。せっかく風呂にも入ったのに汗がだらだらでてきた。ライディングウェアは北海道では必要だけれど、千葉県の夏の夜にふさわしいものではない。
「出発ですか？」
バイクに積み込み終わったころにザザギ（仮名）さんが現れた。
「そう。昼間走ると暑いから、夜走る」
「そうですか、気をつけてください」
「ありがと」
私はヘルメットをかぶり、グローブをつけた。暑さ三倍。汗だらだら。
「では出発！」
私はザザギさん（仮名）に別れを告げると、クラッチをつないで颯爽とバイクを発進させた。駐車場から出ようとしたら通行人がいた。
「ぎょ！」
通行人はだいぶ離れたところにいる、にもかかわらず驚いてしまった私はこけた。
がっしゃん。
「だいじょうぶですか？」
と通行人の二人（学生らしいアベック）が近寄ってきて大丈夫ですかを連発しながらバイクを起こすのを手伝ってくれた。バイクがようやく起き上がり（荷物のおかげでなかなか起きなかった）私はありがとうございましたと感謝した。汗だらだらだらだらだら。もう、びしょびしょ。
通行人が去った後バイクを見たらウィンカーが割れていた。これだけならまだしも、ブレーキレバーが根元からぽっきりと折れていた。これではＦブレーキがかけられない。直すにしても今は深夜２時である。私は出発をあきらめた。
バイクを駐車場に戻して荷物を降ろした。
「どうしました？」
ふたたびザザギ（仮名）さんが現れた。かくかくしかじかと説明したら、
「ヨジガズさん（仮名）にだせー、と言われますね」
と彼は冷静に感想を述べた。私もそう思う。しょっぱなからケチがついたなー、出発が一日遅れるなー、と私は部屋に戻って寝た。夜中起きて出発だなんて、慣れないことはするもんじゃない。
次の日、ザザギ（仮名）さんから彼のバイクを借りて、バイク屋でウィンカーを注文し（在庫が無かったのだ）ブレーキレバーを買ってきた。そしてこけた現場からウィンカーの破片を集めてきて接着剤で組み立てて黒いビニールテープでぐるぐる巻きにしたら、なんとなく見栄えがよくなった。あとは折れたブレーキレバーをはずして、買ってきた新品に交換したら出来上がり。
「直るものですね」
ザザギ（仮名）さんが感想を述べた。
「これくらいなんとかなるものだ」
「出発ですか？」
「うーん。とりあえず昼寝」
私は昼寝した。夕方１７時ころ目覚めた私は出発した。今度は慎重に駐車場から出た。
予定より１９時間遅れだ。けれど、こういうアクシデントを含めて楽しめばいいのだ。
雨が降りそうな空の下、私は一路、北を目指した。いよいよツーリングの始まりである。