クラウヨヴァ襲撃戦

　雲ひとつない夜空に月が明るかった。地平線の彼方にはトランシルバニア・アルプスが黒い影となって広がっていた。
　凍るような夜風の吹くブカレスト国際空港のタキシング路を二機のガウ攻撃空母が一列に並んでゆっくりと移動していた。
　その後を六機のモビルスーツが静かについてゆく。それはＤ中隊のザクだった。三機づつ並んでいた。各機ともザクマシンガンを構え、腰にドラム型の予備弾倉をぶらさげていた。
　ガウ攻撃空母のエンジンの音が遠くで鳴る雷のように低く低く響いていた。やがて広い滑走路にガウ攻撃空母が縦列に並んで停止した。完全に静止したガウの後部ハッチがゆっくりと開いた。機体内部の赤い照明が薄ぼんやりとあたりを照らした。
　ガウ攻撃空母のハッチに近づいたバルザップのザクが左腕をあげてガウを指差すサインをだした。モノアイが左右に動き、ザクはガウ攻撃空母の後部ハッチに足をかけ、ゆっくりと赤い照明の中へ消えていった。その動作をきっかけとしてザクが一機、また一機とガウ攻撃空母の中へ消えていった。二機のガウ攻撃空母の中へに六機のザクが消えた。
　ザクが乗り込んだ後のガウ攻撃空母の脚は沈み込んでいた。後部ハッチがゆっくりと閉じると、月の光だけの世界に戻った。
　管制塔から先頭のガウ攻撃空母のコクピットに向けてレーザー通信が発信された。
　通信を受けたパイロットの
「発進許可確認」
　の声にコクピット後席に座る航空機動部隊司令はかるくうなずき
「発進せよ」
　と静かな声で言った。
　パイロットは手元の出力コントローラを全開にした。
　ガウ攻撃空母の熱核ジェットエンジンがうなりをあげ、排気ブラストのすさまじい咆哮に夜の静寂はかき消された。
　はじかれたように前進をはじめた先頭機につづいて二番機のエンジンがうなりをあげた。
　月光で明るい滑走路をガウ攻撃空母は加速し、滑走路をいっぱいに使って重々しく飛び立った。続いて二番機が加速を開始した。

　作戦は開始された。

　☆

　連邦軍クラヨヴァ前線基地。
「やけに明るい夜だぜ」
　巡回を終えて詰め所に戻って来たラキアン軍曹はもう一人の兵と共に銃を壁に立てかけた。詰め所には仲間の兵士がのんびりカードをしていた。
「まだ十月だってのに冷えるな」
　ラキアンは手袋をはずしながらストーブのそばの仲間を押しのけた。ついでにカードをのぞいた。
「安いな。上がればいいってもんじゃないだろ？」
「うるせえな」
「うひひ」
　ラキアンはどっしり腰を落ち着けると手袋をはずした。
「昨日はジオンの奴ら静かだったな」
「酒でも飲みすぎて起きられなかったんじゃないのか」
「はははは」
　ストーブの周りで笑い声が起こった。
「それにしてもよ、ドイツからやってくる奴らは気に食わねぇ」
「そうそう、どんな大きな作戦だか知らねぇけどさ、それに参加するからっていばるなっつーの」
「いばる？そりゃビックトレーのお偉いさんか？」
「鼻のでかい、目がこぉんな感じの・・・」
　ラキアンは人さし指で目をつり上げた。
「わははは、そうそう」
「あいつかぁ。威張りやがってなぁ」
　オデッサ作戦を間近に控えた連邦軍では世界各地から集結した兵力がヨーロッパ戦線に展開していた。
　クラヨヴァ基地もルーマニア戦線における一大集結地として、ここ数日にわたって機甲兵力が集結しつつあった。それら部隊の司令部となるのが陸戦艇ビックトレーだった。
　ビックトレーは巨大な陸上戦艦で熱核ホバージェットで移動する要塞だ。厚い装甲と強力な火力を有し、陸上戦闘の前線司令部として運用される。クラヨヴァ付近には二台のビックトレーが待機していた。そのうちの一台が前線基地の隣に位置し、移動中の部隊の指揮をとっていた。
　連邦軍のルーマニア方面に展開する部隊全てが、クラヨヴァ基地に集結しており、基地は混乱していた。どこを見渡しても移動中の部隊がひしめいているのだ。
　混雑した基地にあふれている言葉の通じない将兵たちをにがにがしく思っていたラキアンたちは、これもオデッサ作戦が開始されるまでの我慢と耐えていた。
　誰かが言った。
「今度の作戦は俺たちも戦うのかな」
「いんや、ドイツから来ている奴らだけだろ」
「でもさ、噂だけど侵攻するときは俺たち現地の兵が最前線に立つって」
　ラキアンは首を振った。
「俺たちはこの基地を守るのが仕事さ。出て行くのはビックトレーと一緒の奴らだ」
　それだけ言うとラキアンはストーブの熱風に手を暖めた。
　沈黙が部屋に訪れた。夜の静けさが窓から染み込むように待機所を満たした。
「なぁ」
　一人の兵士が隣の兵士の肩を押した。
「なぁ、聞こえないか」
「ん、なにが？」
「爆音？低い音だけど」
　二人の会話に気づいたラキアンは耳を澄ませた。
「ジオンの奴らが・・・」
　ラキアンがそこまで言った時に月夜のクラヨヴァ基地に警報が長々と鳴った。
　慌てて外へ飛び出したラキアン達は夜空を見上げた。前線の空から爆音が響いていた。頭上を爆音が駆け抜けた。味方の戦闘機のものだ。
「近いじゃないか？」
　警報の音が変った。短く断続的にサイレンが鳴った。ラキアンの隣の兵士が言った。
「ちぇっ、ただの空襲だぜ。防空壕へ入ろう」
「なんか、雰囲気が・・・違うような」
　ラキアンはつぶやきながらも防空壕へ移動するために警備部へ指示を確認した。だが、警備部からの返答は予想と違った。
「臨戦体制ですって？第八四六中隊の指揮下に入れ？」
　電話に向かって大声を出すラキアンを周りの兵士達は不安そうな顔でみつめた。受話器を置いたラキアンは振りかえった。
「戦闘だ。ジオンめ、ここまで来るつもりらしい。補給部へ行くぞ。ジョブズ、ヘルメットをかぶれ！死にたいのか？」　
　対空砲の重い発射音が鳴りはじめた。
　両軍の航空機は基地上空で入り乱れて戦っていた。炎の玉が夜空を明るく飾った。月は流れている爆煙を薄衣のようにまとっていた。
　上空の戦闘を抜け出したジオン軍爆撃機編隊が急降下して爆弾を投下した。
　腹に響く爆発音が連続して響きわたり、ラキアン達の建物の向こうがオレンジ色に明るくなった。南四番対空ミサイル陣地からと思われるミサイルが逃げて行ったジオン軍爆撃機に向かって一直線に上って行った。
「ありゃはずれだろ・・・・」
　ラキアンはつぶやくと詰所の兵士達を率いて装備を受取りに補給部へ向かった。
　
☆

「ラクハン軍曹、ザクマシンガンの安全装置を外しました。確認してください」
　突然聞こえた声にコクピットから顔をあげるとプラツーがハッチから顔を覗かせていた。ガウ攻撃空母のモビルスーツ発進デッキ内部の赤みを帯びた照明の中で、若い整備兵はきらきらする目でブーカを見ていた。発進デッキの中は空調の音やザクの立てるノイズでうるさかった。
　ブーカは言われるままにコクピットから身体を乗り出した。直立するザクの右手に握られたザクマシンガンの機関部にはためく小さな赤いリボンが見えなかった。それは、安全ピンが抜かれたことを示し、コクピットからの操作でいつでもザクマシンガンを撃てうることを意味していた。
「了解、確認した」
　ブーカは大声で応え、身体をコクピットに戻し、正面下の計器をのぞき込んだ。と、プラツーの気配が去らない。ブーカは顔をあげた。
「他になにかあるの？」
「脚部のロケットポットですが、照準調整ができなかったんです。でもまっすぐ撃てることは保証します」 　プラツーの真剣な声にブーカは微笑んだ。
「ふふ。大丈夫。私ならね」
「期待してますよ、軍曹」
　ブーカは微笑みながら右手の親指を立てると、プラツーの顔が赤い照明の中へ引っ込んだ。ブーカは視線を計器に戻し、微笑みを残したままつぶやいた。
「そう。大丈夫、私なら」
　ブーカは出撃前チェックシートの表示を見つめ、内容を確認した。何一つ漏れていない。機械は完調だった。 　と、通信装置からバルザップの声が聞こえた。
「グラン、ブーカ。降下ポイントまであと四分だ。安全装置解除の確認をせよ」
「了解。グラーグ機、ザクマシンガン安全装置解除確認。脚部ロケット発射装置、安全装置解除確認」
「ラクハン機、同上」
「ブーカ。聞こえない。もう一度繰り返せ」
　冷たいバルザップの声にブーカはもう一度言った。
「ラクハン機、ザクマシンガン、脚部ロケット発射装置、安全装置解除確認」
「了解、確認した。各自、機体のロックを解除せよ」
「了解」
　ブーカはプラツーを通信器で呼び出し、ロック解除を告げた。
「了解、ロック解除」
　ノイズが混じるなか、プラツーは答えた。とたんにザクがゆらりと揺れた。ザクが自分の脚で機体の平衡をとったのだ。これでザクは自由になった。自由になったザクはブーカに操られて戦場へゆく。怖くなんてない。行くべきところへやっと行けるのだから。ブーカは鼻歌が出そうになった。
「グラン、ブーカ、降下二分前」
「了解です、大尉」
「了解」
　Ｄ中隊、第一小隊の三人がザクのコクピットで待機していた。バルザップはグランとブーカの応答にうなずくと、通信モニタをガウのコクピットに切り替えた。
　機動部隊の司令はすぐに通信スクリーンに現われた。
「バルザップ大尉か、大丈夫だ。制空権はわが軍が確保した。存分に暴れてくれ」
「地上の進撃状況はいかがですか？」
「順調だ。我が軍の先鋒は敵の第一線を抜けた。我々の攻撃で敵の司令部を混乱させれば、我が軍は明日の昼にはここに到達できるだろう」
「Ａ中隊は順調でしょうか」
「奇襲は成功だよ。彼等は我々よりも楽なんじゃないか？」
　司令の表情は落ち着いていた。彼は腕時計をちらりと見ると言った。
「ん？降下目標まで三十秒だ。健闘を祈るよ、大尉」
「ありがとうございます」
　バルザップは敬礼すると通信を切り替えた。
　ガウ攻撃空母の発進デッキの正面が大きく開いていた。風きり音が大きく鳴り響いた。正面スクリーンの中で、強い風に逆らいながら甲板要員が赤い灯を振って降下位置まで前進しろと言っていた。
「グラン、ブーカ、ゆくぞ」
　バルザップは後ろに続く二機に声をかけた。
「了解」「了解」
　降下ハッチが開いた。バルザップは明るい月と暗い地上を眺め、ザクを前進させた。ハッチの縁に立つと赤々と燃える連邦軍の基地が見えた。そして夜空には月、無慈悲な白い光。
「アックス・リーダー、発進する」
　すっ、とバルザップ機が夜空へ消えた。
　二番目に降下するのはブーカだった。
「ブーカ、発進」
ブーカ機は降下位置へ前進するとそのまま暗闇へ消えた。
　最後に降下するのはグランヒッコリだった。
「グラーグ、発進」
　彼はマシンガンを構えさせるとブーカに続いて夜空へ飛び出した。
　落下する感覚が彼を包み込んだ。グランヒッコリは地上を捜査した。ミノフスキー粒子が撒かれており、電磁波誘導装置はむろん、赤外線を用いたセンサーも性能が低下しているはずだ。とはいえ、このような目的で開発されたザクのモノアイに装備された高性能センサーは、赤外線と可視光線増幅で夜間戦闘を可能にする。
　赤みをおびた主スクリーンのあちこちにちかちかと白くまたたくのは敵の対空砲火だった。だがザクを破壊するほどの重火器はないようだ。そういう危険な陣地はあらかじめ航空隊の攻撃機やガウのメガ粒子砲が叩いてくれているはずだった。
　それでもグランヒッコリはザクマシンガンを構えると地上に向けて一連射した。地上に炎の帯ができた。
　バルザップ機の着地を援護すべくブーカ機のマシンガンが地上を掃射していた。グランヒッコリはスクリーンの中に危険な敵を探した。グランヒッコリは探照灯を発見し、マシンガンの掃射でつぶした。
　バルザップ機は着地すると発光信号を放ち自らマーカーとなった。ブーカもグランヒッコリも、二番機から降下しているナガイやラズィ、ハートゥもすべてバルザップ機のマーカーを基点に自分の着地場所を決めるのだ。ブーカはバルザップ機援護射撃で滞空時間が延び、着地位置がずれた。そのためグランヒッコリはバルザップ機とブーカ機の間に着地するために推進剤を多く消費してしまった。
　訓練と同じようにバルザップ機を中心とした長さ一．五キロメートルの一列横隊の隊形をとったつもりがグランヒッコリのところで折れ曲がりブーカが後方に位置する「へ」の字の隊形となった。
　ブーカは自分の位置が後方になってしまったことを気にした。ブーカは素早く前進せねばならなかった。そうしないと先に着陸して敵の攻撃の目標になっているバルザップの前進が遅れるからだ。自分の遅れがバルザップの身の危険に直結している。
　バルザップはブーカによる隊形の乱れをそんなに気にしていなかった。彼女の遅れは前進しながら補正して行けばよい。ブーカにはそれだけの能力がある。バルザップは信号弾を上げた。色鮮やかに夜空を飾った発光信号は
「前進」
　目的は連邦軍クラヨヴァ基地の制圧。六機のザクが一斉に前進を開始した。なかでもブーカは隊列を整えるべく前進スピードを上げた。
　六機のザクは抵抗するものはザクマシンガンで撃ち崩し、あるいはザクの巨体をぶち当て、あるいはヒートホークで叩き潰しながら前進した。
「正面、敵歩兵部隊。装甲車八両認めた。攻撃する」
　グランヒッコリは主スクリーンの左端に映った装甲車に狙いをつけた。装甲車の上面に装備された対モビルスーツ有線ミサイルの発射筒が回転を始め、グランヒッコリの神経を逆撫でした。グランヒッコリはザクを装甲車に向け、脚部のロケット弾を発射した。光の点がスクリーンの下辺から現われ、加速しながら装甲車の群れに突っ込んだ。爆発は白い光となってスクリーンをまだらに染めた。
「やったか？」
　白い光の中に脅威を示す四角いボックスが現われた。有線ミサイルだ。
「くそっ」
　グランヒッコリはザクを左にステップさせつつ、ザクマシンガンの照準を四角いボックスに合わせて撃った。爆発が重ねておきた。有線ミサイルの表示が急激に上昇しながら右へそれた。ミサイルをコントロールしていた車両を破壊したらしい。グランヒッコリはよろめくザクのバーニアを噴射させ、低いジャンプで装甲車の群れの中へ飛び込んだ。簡素な敵陣を上から見下ろし、ザクマシンガンを下に向けて撃った。手応えを感じつつスクリーンに目を走らせると、左手のブーカのエリアで連続した爆発が起こった。
「な、なんだ？」
　モノアイを向けると、主スクリーンの映像が切り替わり、左手を映しだした。平地を味方を示す表示ボックスが疾走していた。表示ボックスは左へ走り、ボックスから曳光弾の光条がのび、その先端で爆発がおき、ボックスが跳ね、不自然なカーブを描いて着地し、着地地点を中心として曳光弾がばらまかれ爆発光が次々とまたたき、爆発のなかからボックスが飛び上がり、空中を流れ、流れつつ撃ち、着地した。一面の炎に照らされてボックスが表すところのブーカのザクがゆっくりと歩きだすのが見えた。
　なんだ、あの動きは？
　操縦を忘れてグランヒッコリの目は左手の戦場を見つめた。なんて奴だ、ブーカは。グランヒッコリは映像を正面に切換え、唇を噛みつつザクを進めた。あの動きはとてもまねできない。それはわかってはいた。
　と、スクリーンの端に白い光点が現われた。
「？・・・バルカン重装甲車か！」
　六〇ｍｍバルカン砲を車体の上に乗せた重装甲車がグランヒッコリ機に狙いをつけた。グランヒッコリはバーニアを全開にしてザクをジャンプさせ、空中からザクマシンガンの一二〇ｍｍ砲弾をばらまいた。
　ばっ！
　と赤黒いもやがスクリーンの中でバルカン重装甲車を包んだ。つづいて爆発音。ザクは降下を始めた。
　ほっとしたグランヒッコリが着地しようとするとスクリーンの端に動く影があった。バルカン重装甲車、九時の方向。砲身はグランヒッコリの方を向いていた。
　撃たれる？！
　グランヒッコリの心臓がきゅっと締まった。
　だが、そのバルカン重装甲車の側面に赤い閃光が光った。次の瞬間には重装甲車は爆散した。グランヒッコリ機はそのまま着地した。
　左を見ると丘ひとつ離れたブーカ機がザクマシンガンを構えてこちらを向いていた。そしてわずかにうなずくような動作をすると、前へ向き直って前進を再開した。
「助かったよ、ブーカ」
　グランヒッコリはブーカ機に向かってつぶやいた。そして再び前進を始めた。


　連邦軍クラヨヴァ基地、ビックトレー「イオアニア」司令室。
「ジオンめ。なにをいまさら攻撃してくるのだ」
　第六軍司令リバブル将軍は机を指で叩きながら言った。
「オデッサ作戦に対する牽制でしょうか？」
「そうに決まっとろうが」
　将軍は参謀の言葉につっけんどんに応えた。
　通信機を操作していた兵士が振り返って言った。
「ミューラー大佐から通信です」
　ミューラー大佐はクラヨヴァ基地の司令官だ。迎撃指揮をとっていた。
「こちらリバブルだ。状況はどうか？」
「我々は制空権を奪われました。また、南方五キロの地点にモビルスーツが降下し基地に向けて移動中です」
「モビルスーツの件は知っている、我々の二八連隊が壊滅だ・・・制空権の奪回はできるか？」
「できません。我が軍の戦闘機は発進できない状況です。アラドやシカルバの航空基地も戦闘状態で、こちらに回せる余裕はないと・・・トランシルバニア方面の全戦線にわたって敵は攻撃を行っています。」
「航空機の援護なしで戦争ができるのか！」
　将軍の脳裏に彼の機甲戦力がなすすべもなく破壊されて行く光景が浮かんだ。最悪の想像を振り払うように首をふり、将軍は言った。
「無いものは仕方ない。基地の戦闘部隊でモビルスーツを迎撃せよ」
「すでに部隊が迎撃に向かっています。将軍にお願いがあるのですが、集結中の部隊が混雑してて戦闘部隊の動きがとれない。あなたの部隊も戦闘に参加していただきたい」
「だめだ。私の部隊はオデッサ作戦のための侵攻部隊だ。ここで傷つけたくないのだ」
「ならば、どかしてください」
「この状況で部隊を動かせるものか」
　テレビスクリーンを通して将軍と基地司令はにらみ合った。
　将軍の後ろで各部隊と連絡をとっていた通信兵が振り返った。
「モビルスーツ、ザクが六機、基地の南ゲートに接近しています」
「なにっ」
　と、リバブル将軍。
「そのあたりにはテッサナウ連隊が駐屯していたはずだが・・・」
「連隊司令部とは連絡がとれません」
「なんてことだ」
　一方、ミューラー大佐も驚いていた。迎撃に向かわせた重バルカン砲車の部隊はどうなったのだ。だが動揺している場合ではない。大佐には基地を守る任務があった。彼は部下に指示を出した。
「南ゲートに基地守備部隊を向かわせろ」
「了解しました」
　そしてスクリーンを見るとリバブル将軍が怒鳴っているのが見えた。
「イオアニアを発進させよ！十キロほど退け」
　とリバブル将軍は怒鳴っていた。そんな将軍に怒鳴りかえすイオアニアの艦長の姿。
「本艦のまわりには機甲部隊や対空部隊が展開しているのです。部隊の移動が済まないと発進できません」
「すぐ発進せよ。ジオンのモビルスーツはすぐそこまで迫っているのだぞ」
「味方を踏み潰せと言うのですか？もう少し待ってください」
　ミューラー大佐は短く息をはいた。
「将軍、イオアニアの火力でモビルスーツを撃退できませんか」
　リバブル将軍はスクリーンの真ん中に来ると言った。
「我々の部隊はオデッサ作戦の部隊なのだ。傷つけるわけにはゆかんのだ」
　ミューラー大佐は通信を切った。クラヨヴァ基地が壊滅してしまえば、オデッサ作戦どころではないだろうに、将軍は錯乱しているのか。
　刻々と入る報告は基地守備隊の状況を伝えていた。大佐の基地守備隊はザクを囲むように展開しようとしたが、その移動を補足されてまたたくまに撃破された。
「敵の戦力はわかったか？」
「基地南方に降下したのは六機です。ザブ３基地へは十二機降下しました」
「それだけか。モビルスーツを支援する部隊の降下はないか」
「そういう報告は受けていません」
「本気で攻めるには少なすぎる・・・この攻撃はなんだ？」
　ミューラー大佐は固めた拳でテーブルを叩いた。通信兵が叫んだ。
「敵の攻撃空母を発見。南ゲートに敵空挺部隊が降下。装甲車を含む」
「なにっ！」
　つづいて情報将校が叫んだ。
「空に無数の光の点が・・・敵の降下兵です！」
　ミューラー大佐がモニタをあおぐと無数の小さな赤い光が地上へ降りそそいでいた。
　降下用のバックパックをつけたジオンの空挺部隊だった。
「まだ・・・ジオンはこれだけの力を持っていたのか・・・」
　ミューラー大佐は呆然とモニターを眺めた。今、連邦軍は夜間の大空挺作戦を行えるだけの軍隊と戦っているのだった。この事実をイオアニアの将軍はどう捉えているのだろう？


「味方の空挺部隊が背後に降下した。間違って攻撃しないように気をつけろ」
　バルザップの声が通信器から響いた。前進するザクの揺れるコクピットの中でグランヒッコリはモニタを切り替えた。なるほど、小さな赤い光点が空の高みから降り注いでいた。あの光の点ひとつひとつが完全武装した兵士なのだ。むろんダミーの光点も何割か混じっているが、それでもかなりの数だった。
　作戦は順調に進んでいるようだ、とグランヒッコリは光の点を横目で見ながら思った。
　空挺部隊が降下したということは作戦は第二段階に入ったということだ。つまり各戦線において我が軍は初期の目標を達成したということだ。
　とすると、降下した歩兵部隊によって、この連邦軍の基地は完全に制圧され、明日の夜までにはジオンの前線基地として機能しはじめるはずだ。
「グラン、正面に敵戦車四両」
　通信モニタがブーカの声で叫んだ。正面のモニタに脅威の高い目標を囲む指示ボックスが四つ、並んでいた。
　すかさずグランヒッコリはコンピュータに攻撃を指示、ザクの火器管制装置はザクマシンガンを連射した。
　グランヒッコリ機の射線に交わって左から伸びた射線もあった、ブーカだ。またたくまに四両の戦車は被弾して炎上した。燃えながら一両が後退を始めたがグランヒッコリは放っておいた。放っておけばあとから来る歩兵が片付けてくれる。それより前進だ。
　ブーカの前進速度は早くてどんどん先へ行く。右にいるバルザップの速度も早かった。グランヒッコリはザクの足を早めた。

「くっそー、きやがるきやがるぞ！」
　ラキアンはヘルメットを深くかぶりながらつぶやいた。
　土嚢を積み上げた即席の陣地の中で対戦車ロケット砲をかまえた仲間達とともにラキアンは固まっていた。
　測距離器をもった兵士が低い声で叫んだ。
「モビルスーツ、距離八◯◯」
　ラキアンは後ろで発射筒を構えている若い兵士に話しかけた。
「ガルシアよ、あとどんくらいで撃てるや？」
　ガルシアと呼ばれた若い兵士は生真面目そうに応えた。
「はいっ、説明書によれば一◯◯◯メートルが有効射程距離でありますが」
「んじゃ、ここらで撃って逃げるか？」
　ラキアンの言葉にガルシアは困った顔をした。
「冗談だよ、だがこんな負け戦、真面目にやってもなあ・・・」
「距離、六◯◯」
「射撃よーい！」
　ラキアン達はそれぞれロケット砲の照準器を覗いた。月明りの中にモビルスーツがはっきり映っていた。大きい。照準枠の中からはみ出しそうだ。
「でっけえな。どこ狙えばいいんだ」

　前進するザクの揺れるコクピットの中でラズィはモニタ画面を熱心に見つめていた。
　なにかひっかかる。あの建物の陰がよく見えないが、どうもそこから狙われているような気がする。
　ラズィはセンサーを赤外線から可視光増幅に切り替えた。暗がりの映像をズームアップし補正を加えて写し出す。すると土嚢がつまれた中に戦闘員がめいめいロケット砲を構えているではないか。
「わわわっ、あぶない」
　ラズィはザクマシンガンを構えると一連射した。土嚢はあっけなくふきとび、中にいた兵士達は風に舞うように四散した。だが発射のタイミングは同時だったようだ。土嚢の吹飛んだ爆煙の中から二発のロケット弾がゆるゆる加速しながら飛んできた。ラズィは避けようとしたが避けられなかった。ロケット弾の一発はラズィ機の左足首に命中し、関節を覆う装甲板を吹き飛ばした。
「くらった」
　ラズィはザクを停止させた。ラズィの叫びにバルザップが応えた。
「こちらリーダー。ラズィ、被害はどうか？」
　ラズィはすばやく計器をチェックした。油圧は正常、フィードバックは効いている。脚は動く。
「こちらラズィ、左脚部装甲小破。機能に影響なし・・・ええ装甲板が無くなっただけです」
「了解」
　バルザップの通信を終えたところでラズィは左を見た。ハートゥ機のモノアイがこちらを見ていた。ラズィにはなんだかその様子が自分を心配しているように見えたので、構えたザクライフルの銃口を上下させた。モニタの中でハートゥ機はうなずき、前進を再開した。
　ラズィも前進を再開した。またたく間に土嚢の積んであった付近を過ぎる。ラズィは振り返らずにザクを前進させた。


　連邦軍クラヨヴァ基地の作戦司令室。管制塔の隣のビルに設けられていた司令室は、戦闘が激しくなった今は地下に移されていた。
　ミューラー大佐はモニタ画面に囲まれた司令室に置かれた組み立て式の長机に腰掛けていた。
　部屋の中には大佐のほかにも司令部のスタッフたちがそれぞれ忙しそうに基地各部署と連絡をとっていた。
　ミューラー大佐は基地周辺の地図に鉛筆で印をつけると、情報将校に尋ねた。
「第八四六中隊はどうなった？」
「基地防衛隊はモビルスーツ一機を発見の連絡の後はなんにも・・・」
「右翼に展開させたチューニフの戦車部隊は？」
「戦車部隊十六両は敵モビルスーツ三機と接触。七両が破壊、三両が被弾して離脱、残り六両は行方不明です・・・」
「戦車だけではモビルスーツは倒せんか。せめて空軍の支援があったなら」
　ミューラー大佐はつぶやきながら地図の上に描かれた部隊シンボルにおおきくバツ印をつけた。
「第三三五中隊から支援要求です。格納庫の部隊です」
　振り返った情報将校が言ったがミューラー大佐は首を振った。
「無い。戦闘の継続が不可能と判断したら、退却するように伝えろ」
　情報将校はしばらく無言で大佐の顔を見ていたが、振り返って背を向けると大佐の言葉とおりの指示をだした。
「ここは危険ですな」
　爆発の振動でぱらぱらとほこりが落ちてきたのを手ではらいながら将校がぽつりと言った。
　連絡をとり続けていた将校が、受話器をにぎったままミューラー大佐に言った。
「すぐそこまでモビルスーツが迫っています。司令！」
「わかっている・・・モビルスーツならここからも・・・見える・・・」
　ミューラー大佐には建物の外部モニターに映った巨人を見ていた。ノイズの走るモニター画面に紅い炎を背景にして巨人の影が映っていた。
　赤く輝く一つ目の黒い影は手にした火器を構えると、赤い閃光をまき散らした。司令部にいた将校たちは呆然とその光景を眺めた。
　言葉が失われた司令室に乱暴なノックの音が響いた。おざりなノックの後に司令室に入ってきたのは完全武装した兵士だった。埃と火薬の匂いが部屋に漂った。
「敵はもうすぐここに来ます。司令官は安全なところで指揮を」
「安全なところなどあるのか？」
　ミューラー大佐は苦笑しながらヘルメットをかぶった。


「アックスへ。ポイント２２、雄牛だ」
「こちらアックス・リーダー、了解」
　雄牛とは連邦軍の巨大陸上戦艦ビックトレーの事だ。その装甲と火力は六一式主力戦車に比べると遥かに強力なので返り討ちにあう可能性があった。
　バルザップはラズィ、グランヒッコリ、ブーカの三機に自分を加えた四機でビッグトレー襲撃を行うことにした。ナガイとハートゥは歩兵支援のために残った。
　攻撃をする前にＶＴＯＬ輸送機から補給物資を受け取った。ザクマシンガンの弾倉と一丁のザクバズーカだ。バズーカは使ったことのあるラズィに与えられた。ブーカは不満そうな顔をしたが、何も言わなかった。グランヒッコリは胸をなでおろした。
　バルザップたち四機のザクは偵察機の誘導にしたがってビッグトレーを目指した。四機のザクは長いジャンプを繰り返して移動した。
　移動しながらバルザップが襲撃手順を説明した。
「グランとブーカで組め。私はラズィと組む。グラン、雄牛を後ろから牽制せよ。我々のペアで右から攻撃する」
「了解」
　バルザップの言葉に了解と応えたが、グランヒッコリは不安だった。次のジャンプ地点を選んで着陸操作をしながらグランヒッコリは質問した。
「ザクマシンガンで雄牛を抜けるでしょうか？」
　バルザップの回答は明快だった。すぐにバルザップは応えた。
「わからん。だがやるしかない」
　グランヒッコリが黙ったところで、ブーカの声が混じった。
「マシンガンが駄目なら、ヒートホークを使えばいい」
　一瞬、シーンとなった。ややあってラズィが言った。
「やれるものなら、やってみろよ」


「モビルスーツ二機、接近中」
　オペレータの声にリバブル将軍は顔をしかめた。
「艦長、モビルスーツに捕捉されたではないか。もっと速度をあげられないのか」
　将軍の問に艦長は背を向けたまま応えた。
「全速です・・・砲撃戦用意！全主砲、六時の方向へひらけ」
「了解」
　士官や兵士がばたばたとブリッジを駆けた。
「戦闘爆撃機が来ます。四時の方向」
　ジオンのドダイ爆撃機がイオアニアに迫っていた。管制パネルに爆撃機を示すシンボルが七つ並んで向かってくる。艦長は命令を下した。
「爆撃に備えるように伝えろ。直衛の防空隊は？可能なら迎撃せよ！」
「了解」
　リバブル将軍は不安そうな顔で進路を見つめていた。
　ぱっぱっぱっ、とイオアニアの右後方からたくさんの光の玉が撃ち出された。右後方に展開している対空車両から撃ち出された対空ミサイルだ。だがジオンの爆撃機はミサイルの壁をこえてイオアニアに接近した。低い高度で機首に八つ並んだミサイルランチャーから対地ミサイルを連続して放った。
　数十発のミサイルが同時に飛来したイオアニアは対ミサイルミサイルで迎撃するもすべてを打ち落とせずに数発の命中弾を受けた。爆煙につつまれたイオアニアをかすめるように爆撃機は飛び去った。
　震えるイオアニアのブリッジで艦長は椅子につかまりながら状況報告を受けた。
「後部の離発着デッキが被弾炎上中。ホバーのスカートが破損しました。速度落ちます」
「主機関異常なし」
「主砲異常なし、後部のミサイルランチャーが被弾」
「速力四〇パーセント低下、総合戦力二〇パーセント低下」
　艦長はイオアニアの先を行く直衛戦車部隊に後方援護を命じた。速力が低下したからにはモビルスーツに捕捉されるのは必至と考えたのだ。防空ミサイル隊はイオアニアの右前方に移動させるように命令したが、迎撃戦闘をしたためにすぐに移動できる車両は限られていた。
「対空ミサイル隊はすぐに移動せよ。モビルスーツに捕捉されるぞ」
　速度の落ちたイオアニアの周辺は陣型を整える直衛部隊の移動で混乱した。
「モビルスーツ、二機、六時」
　切羽詰まった監視員の声に艦長は叫んだ。
「砲撃開始！近づけるな！！」
　火器管制士官は照準をつけた。ビッグトレーの両舷に張り出した砲と後部デッキの計九門の主砲が揃って動いた。


　イオアニアが発見した二機のモビルスーツはグランヒッコリとブーカのザクだった。
　同時に二人もイオアニアを視認した。
「こちらグラーグ、『雄牛』に遭遇した。接近する」
　偵察機の誘導から目視による接近だった。赤外線センサによる映像が写し出されたモニターの中に目標指示ボックスが四角く囲んでいるのがイオアニアだ。
　だが、指示ボックスはイオアニアの周囲にもたくさん散らばっていた。敵の戦車だ。盛んに射撃し、二人のザクの周囲に土砂を巻き上げた。
「ブーカ、まず戦車を叩く。露払いだ」
「了解」
　ブーカはグランヒッコリの命令に、いきなりバーニアを全開にしてジャンプした。
「先に行く」
「独りでゆくな」
　グランヒッコリも慌てて後を追ってジャンプした。
　二人が去った地面に大気を震わせる飛来音が響き、地面をえぐる大爆発が起きた。イオアニアからの射撃だ。

「初弾、はずれ」
　観測員の報告を聞いた艦長は叫んだ。
「打ち続けろ、弾幕を張れ。近づけたらやっかいだぞ」
　火器管制士官が叫ぶ。
「照準急げぇー」
　直衛部隊の指揮官へ艦長自ら指示を出した。
「キリハラ隊はモビルスーツの動きを止めよ。たった二機だ、たった二機だぞ」
　グランヒッコリとブーカの二機は、イオアニアの左後方へ移動しながら戦車を射撃しつつ接近する。直衛戦車隊が盾となってザクの動きを制止し、その度に戦車が残骸となった。
「リッツ隊から、撤退申請がでています。大隊長が戦死、部隊の四〇パーセントが戦闘不能」
「戦える奴はキリハラ少佐の指揮下に入れと伝えよ」
　艦長は双眼鏡を取り出すと防弾ガラスの向こうを眺めた。二機のモビルスーツが生き物のように疾走している。手にした銃が火を吹くたびに味方の戦車が赤い閃光に包まれた。
「直衛の十四両の戦車がたった二機のモビルスーツに・・・。モビルスーツが優秀なのか、我々の戦車がひどいのか」
　リバブル将軍は嘆いた。艦長は将軍を横目で見ながらつぶやいた。
「航空支援がないと、こうももろいものか」

「そろそろ、戦車も少なくなってきた。突入するか？」
　とグランヒッコリが言うとブーカはすぐに応えた。
「突入する。援護を頼む」
　いきなりブーカ機はイオアニアへ向かって走り出した。
「まっすぐ走るな、あぶないぞ」
　グランヒッコリは叫んだが、ブーカは聞こえないのか無視しているのか、短いジャンプで稲妻のようにイオアニアへ近づいて行く。
「あぶないと言っているのに」
　と、グランヒッコリはつぶやいた。と、主スクリーンの中でイオアニアの左舷主砲砲口がぽっかりと丸い穴をこちらにむけていた。
「う」
　グランヒッコリはバーニアを全開にしてジャンプした。その直後に砲口が白い発射煙にけぶり、グランヒッコリ機がいた地面が爆発した。グランヒッコリ機はジャンプしていたが爆風に吹き飛ばされ、五〇トンのモビルスーツが、紙屑のように翻弄された。
「う、う、う、」
　グランヒッコリはうなりながら必至で機体をたてなおし、よろめきながらも二本の脚で着地した。
　ブーカからの通信。
「グラン、大丈夫？」
　胸を撫で下ろす暇もなくグランヒッコリはザクをジャンプさせた。爆風と吹き飛ばされた土砂がグランヒッコリ機の脚に当たった。
「狙われている？」
　イオアニアの火器管制官は動きの遅いグランヒッコリを狙っていた。グランヒッコリは爆風に追われるようにジャンプを続けた。長いジャンプは着地点を読まれるために短いジャンプを繰り返す。コクピットの中のグランヒッコリはベルトに抑えられた状態ではげしく振られた。
　一方、ブーカは小走りにかけながら着実にイオアニアとの距離を詰めていた。幸いイオアニアの主砲はグランヒッコリを狙っているのでブーカを狙っているのは小口径の機関砲だけだ。被弾すれば決して無傷とはゆかないが致命傷にはなりにくかった。
「グラン、支援を頼む」
「支援・・・了解」
　とても支援できる状況ではないがグランヒッコリは応えた。直後にジャンプ、空中でビックトレーに向けてザクマシンガンを撃つ。支援とは主砲を自分に引き付けることだな、グランヒッコリは思った。もはや戦車を相手にする暇はなかった。

「モビルスーツ、一機が接近、接近戦闘領域に入りました」
「侵入を許したか。近接迎撃システム、開始」
　艦長が指示した、その時。
「モビルスーツ二機、三時の方向から接近」
　監視員のヒステリックな声が響いた。
「二機か、やっと出てきたな」
　艦長はつぶやくと、右舷主砲に攻撃を命じた。
「あっ、接近中のモビルスーツが！」
　左舷の監視員が驚愕の叫びを上げた。

　ブーカは十分に接近すると小口径の機関砲弾を無視することにした。
「当たってもこのザクは壊れない」
　ブーカはヒートホークの予熱を確かめた。計器はヒートホークが使用可能であることを示していた。
「ヒートホークはマシンガンと併用できないのが問題ね」
　ブーカはつぶやくとザクマシンガンを地面に投げ捨てた。どうせザクマシンガンでは十分なダメージを与えることはできない。一撃必殺を狙うならヒートホークだ。
「ブーカ、なにをしている？本気か？」
　ブーカの行動に気付いたグランヒッコリが叫んだが、ブーカは聞く耳をもたなかった。ブーカはザクを思いきり屈ませてからバーニアのペダルを力一杯踏み込んだ。そしてジャンプ。
　ザクのメインスラスターがザクを空中へはじき飛ばす。ザクは空中でヒートホークを横に構えた。目標指示ボックスはイオアニアの後部主砲砲塔基部。
　イオアニアとの交差は一瞬だった。横に薙いだヒートホークの刃は砲塔を刈るように基部へめり込んだ。そのままヒートホークを残してブーカ機はイオアニアの左脇に着地、大きく屈んだ脚が高く長いジャンプの衝撃を吸収した。そして、次の瞬間、再びジャンプ。ブーカの去った空間をイオアニアの各機関砲座の砲弾が集中し地面がけぶった。
　イオアニアは後部砲塔基部は砲弾揚上機と装填中の砲弾ともにヒートホークの一撃を受けた。ブーカ機は去ったがヒートホークはピンク色に染まったまま高熱を発しつづけた。その熱で主砲砲弾が爆発した。

　腹に響く大きな爆発音とともに黒く大きな煙が湧きあがった。黒い煙はイオアニアの後部から柱のように高く噴き上がった。すでにブーカは遠くはなれている。
「大成功」
　通信機からブーカのうれしそうな声が響いた。
「すごいぞ、ブーカ！！」
　グランヒッコリは一瞬動きをやめて『雄牛』をみつめた。巨大な陸上戦艦は煙に包まれていた。だが前進は止まらない。
　グランヒッコリは丸腰のブーカを追う戦車にザクマシンガンの一撃を加えた。
「こっちに戻れ、ブーカ」
「了解」
　ブーカ機はジャンプしながらグランヒッコリ機に近づいた。スキップするようなブーカ機の動きだった。
　同じタイミングでバルザップ機とザクバズーカを構えたラズィ機がグランヒッコリ達の反対側、右翼からイオアニアに近づいていた。
「『雄牛』が爆発したぞ」
「ブーカがやったようだな。我々も続く。行くぞ」
「了解」
　バルザップとラズィは爆発に混乱した隙を突いて一気に距離をつめた。
　バルザップ機のザクマシンガンが火を噴き回転中のイオアニアの右主砲に命中した。だがザクマシンガンではその装甲を貫けない。
「ラズィ、撃て！」
「了解」
　ラズィは慎重に狙いをつけた。バズーカならビックトレーの装甲に有効なダメージを与えることができる。
　ラズィは至近距離に着弾する砲弾の中でバズーカを構えた。照準に時間をかけられればそれだけ命中精度は良くなる。
「ラズィ、はやくしろ」

　イオアニアはブリッジと後部を炎と黒煙に包まれた。蛇行しつつも前進をやめず、生きている左右の主砲と各機関砲座から激しさを増して射撃を続けた。
「後部主砲と連絡をとれません！」
　振り返って叫ぶように報告したオペレーターの目には恐怖が見えた。無表情にうなずきつつ艦長は一本とられたと思った。ザクのヒートホークで突撃をかけてくるとは思わなかった。
「機関部から被害報告があります。速力低下します」
「中央弾薬庫の隔壁閉鎖完了」
「消火急げ」
　指示をだした艦長は、右方監視員の切羽詰まった叫び声に振り向いた。
「右翼のザクが！」
「ん？」
　艦長が振り向くと同時に遠くに見えるザクのバズーカが火を吹いた。黒い点が白い煙と共に迫ってくる。
「回避！」
　装舵手が必至になって回避運動を開始したが、弾体はみるみる大きくなり戦闘指揮ブリッジの下へ消えた。それが艦長が見た最後の光景だった。
「当たった、当たったぞ」
　ラズィが歓喜の声を上げた。
「撃て！撃て、ラズィ」
　バルザップの催促にラズィはさらにバズーカを撃った。それはブリッジから張り出した構造物に当たった。
　ラズィはさらに撃った。弾倉が空になるまで撃ち、すべてがビックトレーの上に炎と黒煙をもたらした。みるみるイオアニアの速度が落ち、停止した。小火器は射撃を続けていたが、主砲は沈黙してしまった。
　と、イオアニアのブリッジ基部が閃光を発した。つづいて起こった大爆発は衝撃波をともなった。
　ブーカは爆風によろめいたザクを一歩後退させた。
「す、すごい」
　砂塵に主スクリーンが黄色く染まった。砂塵を通してみるビックトレーは小さな爆発を繰り返しながら、黒煙を噴きつづけていた。それは数百人の将兵のための燃える棺だった。
「三時の方向、戦車二両」
「了解」
　ブーカの叫びにグランヒッコリがザクマシンガンを発射した。戦車は後退して丘の影にかくれた。
　バルザップのザクはラズィを援護しつつ、後退を始めた。残った戦車と戦って消耗するのはモビルスーツの仕事ではない、バルザップは撤退を指示した。
「アックス・リーダーより、攻撃終了、後退せよ」
「了解」「了解」「了解」
　Ｄ中隊は燃える『雄牛』から遠ざかった。後には戦車の残骸と燃え続けるイオアニアが残った。


☆

　クラヨヴァ基地は炎に包まれ、動く影はジオン軍空挺部隊の兵士たちのものだけだった。
　戦闘開始から六時間が経過し、基地はジオンのものになった。
　戦闘が収束しつつある状況にバルザップは部隊を後退させた。基地を確保するのは歩兵の仕事だ。Ｄ中隊は歩兵から支援要求があったときに随時行動することになる。
「アックスリーダーから全機へ。状況を報告せよ」
　各機から返ってきた応えにバルザップは安堵した。
　ラズィ機の脚部装甲が破壊されたのを除けば、目だった損害を受けていない。残弾は残り少ないが状況はとても良い。バルザップは他の部隊の状況が気になった。ガウ攻撃空母に移った作戦司令部からは何も知らせてこなかった。
「バトルアックスよりドワーフ・キングへ。ブレードは磨き終わった、どうぞ」
　バルザップは当初の作戦を終了したことを司令部へ報告した。司令部からの応答は早かった。
「こちらＤ．Ｋ．、バトルアックスへ。待機せよ」
　バルザップは基地の中心に部隊を集結させるとナガイの小隊に機体の点検と休憩を命じた。残りの者は監視を続けながら待機だ。点検の命令をうけた三人はコクピットに入ったまま電子機器の点検をはじめた。ラズィは脚部の損傷を見るために手早く電子機器の点検と簡単な調整を済ませるとコクピットから出て地面へと降りた。
　ナガイは携帯食料をとりだしコクピットの中でほおばった。保温ボックスからコーヒーをとりだしてコクピットから出た。隣に直立しているラズィ機の左足の甲は装甲がとれて内部がむき出しになっていた。そこをラズィがかがみこんで覗きこんでいた。ナガイはコクピットから身を乗り出した。
「ラズィ、コーヒー飲むかい？」
　ナガイが大声で尋ねるとラズィは振り向いて首を振り、ふたたび中を覗き込んだ。ハートゥもコクピットから出ていてラズィと一緒に内部を覗き込んだ。ナガイはふぅ、と息を吐いてコーヒーを自分のために注いだ。
　ナガイの小隊が点検を終えると次はグランヒッコリ達の番だった。バルザップも一緒に休憩に入った。彼らが点検を行うあいだ、ナガイの小隊が警戒を行う。
　グランヒッコリは電子機器のセルフチェックを実行するとそのまま放っといてハッチから出た。センサーの気づかない障害があるかもしれない。
　外に出ると風が冷たかった。遥か東の空は白々と明けていた。空が薄い紫色に染まっている。もうすぐ夜明けだ。
　グランヒッコリは白い息の固まりを吐き出すと胸部装甲を目でチェックした。小口径の機銃弾の痕がたくさんあった。だが交換を必要とする傷はなさそうだ。グランヒッコリは下に降りた。
　隣のバルザップ機の脚部の周囲をバルザップがうろうろしていた。
「大尉、どうかしましたか？」
「グランか。結構細かいのを被弾している。アクチュエータも調整が必要だ。もう一戦やったら重整備しなきゃならん・・・。君のはどうだ？」
「大きな損傷はありませんが、戦闘後整備が必要です。整備部隊が回ってくるのは何時でありますか？」
「ザブ３に降下したＡ中隊が、手ひどくやられたらしい。野戦整備隊はそちらに行ってしまったよ。こちらに来るのは未定だ」
「手ひどくやられた？」
「詳しい状況はわからん。作戦司令部はなにも言ってこない」
　バルザップはほぅ、と息を吐くと東の空を眺めた。
「朝か。明るくなれば戦力のある連邦軍が有利かな？」
「それまでには前線の部隊がここに到着するでしょう」
　空挺部隊の降下に前後してジオン軍の前線部隊は前進を開始しているはずだった。
「ナガイ、状況はどうか？」
　バルザップは通信器でナガイに問いかけた。ナガイは眠そうな声で応えた。
「司令部から連絡がありました。ファットアンクルが来ます」
「そうか。ブカレストに戻れるな」
　バルザップはほっとした顔をすると、自分のザクのコクピットへ戻った。
　グランヒッコリは自分のザクのチェックを手早くすませた。行動に影響は無し。
　彼は暖かいザクのコクピットに戻りヘルメットをとった。そして携帯食料を取り出した。包みの封を切るとぷるぷる震える杏色のゼリーが出てきた。つるりと落ちそうになるのをまるごと口にいれた。歯ごたえがない。
「まずい」
　つぶやくグランヒッコリに通信器のスピーカからブーカの声がした。
「開けてよ」
　ハッチを開けるとブーカが顔を突っ込んできた。
「グランは飲み物持ってきてなかったでしょ？」
　そういいながらブーカは魔法瓶をよこした。
「水ならあるんだけど、暖かいのはない・・・ありがとう、ブーカ」
「グランは、そういうところ、無頓着だものね」
　魔法瓶の蓋を開けると紅茶の香りが漂った。蓋をコップ代わりにグランヒッコリは熱い紅茶を飲んだ。おいしい。
「熱くて、うまいな」
　そんなグランヒッコリをにこにこしながらブーカは見ていたが、おもむろに言った。
「やっぱり二次冷却水は熱いわよね」
　グランヒッコリの脳にブーカの言葉が染み込むまでに時間がかかった。
「二次冷却水？」
　グランヒッコリは口から蓋を離すとしげしげと眺めた。
「二次冷却水・・・・う、うえええ、なんてもの飲ませるんだ！」
　グランヒッコリは真っ青になって叫んだ。
「うそよ、嘘に決まってるじゃない。基地で作ったから、はは、大丈夫よ。はははははははは」
　ブーカは楽しそうに笑った。その笑い顔を見てるとグランヒッコリは楽しい気分になってきた。
「ブーカだと、本当にやりそうだからな」
「失礼ね」
　グランヒッコリは紅茶を飲んだ。なんか携帯食料もおいしくなったような気がする。
　ブーカはグランヒッコリに魔法瓶をわたして、自分のザクに戻った。
　休憩が終わる頃には夜が明け、またたくまに日が高く昇った。Ｄ中隊は戦闘待機のまま、破壊された基地の真ん中に立ち尽くしていた。

☆

　冬の嵐作戦は順調に進行した。
　ルーマニア全戦線に渡って航空部隊による先制攻撃、つづく主要拠点への空挺作戦、ここまでを作戦の第一段階とすると、第二段階は主力部隊の侵攻であった。
　グランヒッコリ達Ｄ中隊の六機のザクは連邦軍クラヨヴァ基地へ、その衛星基地ザプ３へはＡ中隊のグフ三機を含む十二機が降下していた。クラヨヴァ基地は戦闘開始から六時間で完全に制圧され、工兵隊によって仮設滑走路が整備された。またＤ中隊によって移動中のビックトレーを捕捉し撃破した。
　一方、ザプ３基地に降下したＡ中隊はまたたくまに基地を壊滅させた。だが四機のザクを代償として失った。連邦軍とにらみ合っていた前線部隊はザクを前面に推し立てて前進を開始し、クラヨヴァ基地を目指した。通常戦力の乏しいジオン軍はモビルスーツを全面に推し立てて進むしかないのだ。
　Ａ中隊はザブ３基地を基点に前線部隊の進撃を支援した。戦闘開始から十六時間が経過し、ジオン軍の主力部隊がクラヨヴァ基地に到達した。実に一晩で五〇キロメートルの進撃である。ここにルーマニア軍は当初の目的を達成した。
　連邦軍の前進拠点であるクラヨヴァ基地を得ることによってブタペストなどの連邦軍に対して圧力を加えられる。だが代償もあった。ジオン軍ルーマニア軍は予備部隊の大半を失った。つまり前線に展開している部隊を抜かれれば、阻止する部隊はいない。軍団司令部は作戦に従事した部隊の整理を大車輪で行わなければならなかった。
　ユーラシア軍団の総司令部のマ・クベ大佐はルーマニア軍からの報告に無言だった。


　連邦軍オデッサ作戦司令部。
　ビックトレーに特別に設けられた部屋に連邦軍の作戦中枢となる将軍や参謀達が集まっていた。部屋の中は静まり返っていた。みなの神経は、部屋の中央のただひとりの人物に集中していた。
　戦闘情報司令室の中央のパネル卓にヨーロッパからユーラシア大陸までの地図が映しだされていた。その卓の中央に豊かな髭をたくわえた将軍が座っていた。背もたれに体重をあずけ、落ち着いた表情で地図を眺めていた。考え事をしているように見えるが、身体から発している雰囲気はおだやかに思える。
　そんな将軍を見て背が高く痩せた参謀は声をかけていいものかどうか悩んだ。
「なにかな？」
　参謀の気配に気付き、将軍は声をかけた。だが、顔は地図を見つめたままだった。参謀は将軍の背中に話しかけた。
「現在の状況を総括させていただきますが、よろしいですか？」
「うむ」
　将軍は椅子を回した。参謀は手にしたメモを見ながら話しだした。
「ベオグラード軍集結地のクラヨヴァ基地を失いました。現地で指揮を執っていたリバブル司令官は戦死され、代わってビッグ・トレー『ダンバルナート』が臨時に司令部となっております」
「そうか」
　将軍はそれきりだまった。参謀は沈黙する将軍と壁にかかっている時計をかわるがわる見た。『その時刻』が目前に迫っている。クラヨヴァ基地を奪われた事による作戦変更をする機会は今だ。
「将軍、オデッサ作戦の開始予定時間が近づいているのですが」
「ん、わかっている」
「ベオグラード軍が混乱しています。立て直すのに数日を要すと臨時軍司令部から言ってきております」
　参謀は一度言葉を切ってからたずねた。
「この状況下でも作戦は実施するのですか？」
　この質問は参謀達すべての質問でもあった。ジオン軍特殊鉱山基地群を攻略するために時間はかけられない。大兵力を短時間で迅速に運用せねばならない。そのために多方面からの同時侵攻を行うのだ。だが、ルーマニア方面に展開していた軍が行動できない以上、オデッサ作戦の実施は中止、もしくは遅らせた方が良くはないか？
　参謀は黙って将軍の応えを待った。将軍は背中を向けたままだった。ややあって、将軍は尋ねた。
「ダンバルナートの臨時司令部には誰が？」
「はい、副司令をしておりましたハンニバル准将であります」
「軍の収拾を半日で行うように伝えよ」
「はい。命令します」
　それきり将軍は黙った。そして、ふと時計を見た。
「では、はじめよ」
　それはつぶやくように出た言葉だった。参謀は一瞬なにを始めるのかわからなかった。
「さ、作戦を始めるのですか？」
「うむ、はじめよ」
　参謀は固い表情を見せた。彼は振り返ると大声を出した。
「作戦開始、作戦開始だ。全軍に連絡せよ、総司令部も前進を開始！」
　部屋の中は急に騒がしくなった。参謀は一礼するとあわただしく自席に去っていった。将軍は背中を向けたまま一言つぶやいた。
「連中にあれは届いたかな」

　〇〇七九年一一月七日。連邦軍ヨーロッパ方面軍は全軍をあげて東進を開始した。同時に北海方面軍は南下を開始。オデッサ作戦は開始された。

to be continue...