パーティ

　グランヒッコリはくたくたにくたびれていた。
　配属された次の日にザクのチューニングを行い、その後すぐに空挺作戦のための降下訓練がぶっつづけで行われた。コロニー内戦闘演習でやったことはあったが、コロニーに比べると地上での降下は速度がめちゃくちゃ速い。
　訓練はブーカとグランヒッコリの為に行われたのだが、バルザップやナガイなど他のメンバーも順番につきあった。一回の訓練でガウ攻撃空母から三機のザクが降下する。
　人のよいおやじ風だったバルザップ大尉は、結果に満足できないのか鬼のようになんどもなんども訓練をやりなおさせた。二日で五十三回の降下は新記録だ、とガウ攻撃空母のパイロットは言った。
「ぱっ、と降りてしまえばいいのよ」
　ブーカの降下は速い。着地に耐えられるぎりぎりの速度で降下する。そして派手にバーニアを噴射して急激に減速、ふんわりと着地する。それに比べるとグランヒッコリの降下は遅かった。どうしても落下速度が体感的につかめない。ザク（Ｊ型）には電波高度計とレーザー測距離器を用いた自動降下オプションもあったがミノフスキー粒子散布下では電波高度計が使えない。それに加えて降下中のバーニアの制御をコンピュータが占有してしまうのでグランヒッコリには恐ろしくてできないのだった。
　ようやくバルザップのお許しがでてグランヒッコリとブーカの降下訓練は終った。
　降下訓練の後にＤ中隊の編成が決まった。ユーラシア軍団では三機編成で一つの戦闘単位（小隊）を構成する。Ｄ中隊では、第一小隊はバルザップ、グランヒッコリ、ブーカ。第二小隊はナガイ、ラズィ、ハートゥ。
　編成が決まった所で何度か戦闘訓練を行い、バルザップ大尉は部隊の雰囲気をほぼ把握したようだった。
「ナガイのところは今まで通りラズィを攻撃中心に運動してくれ」
　Ｄ中隊は戦闘訓練の後にミーティングをおこなっていた。
　飛行場のはずれの野原に六機のザクが立ち並び二台の支援車両が停められていた。
　Ｄ中隊の面々は支援車両のわきの草の上にいた。ディレクタチェアに座ったバルザップが組み立て式ホワイトボードを使いながら話しており、他の連中はノーマルスーツを着込んで草の上にめいめいに座っていた。ヘルメットは脇に置いてあった。このようなのんびりとした光景は規律に厳しいジオン軍では珍しい。
「なにもぞもぞしてるの？グラン」
「いや、なんでもない」
　草の上に腰をおろしたグランヒッコリは腰が落ち着かない。将校である自分が立ってなくて良いのだろうか、という思いが頭をよぎる。彼は隣のナガイをちらりと見た。ナガイは手をうしろについて楽な姿勢で場る座っぷの言葉にうなずいていた。
　ブーカがまた言った。
「楽でいいじゃないの」
「いいか」
　グランヒッコリはうなずき、それではと、あぐらをかいた。バルザップがちらりと視線をグランヒッコリに向けた。にやにやしている。
「なれたか、グラン？」
　部隊の面々の視線がグランヒッコリに集中した。グランヒッコリはあぐらをかいたまま顔を赤らめた。
　短く笑ったバルザップは表情を戻した。
「敵に対し我々は一列横隊になって進撃する。右翼はラズィ。左翼の端はブーカだ」
　バルザップはホワイトボードに六つの丸を一列に並べて書いた。その右端にはラズィの名を左端にはブーカの名を書いた。ラズィの隣にハートゥ、その隣にナガイ、これで右翼の第二小隊。ブーカの隣にグランヒッコリ、その隣にバルザップ。これで左翼の第一小隊。
「こちらはブーカを中心に運動する。いちばんうまい奴が攻撃する。へたくそはその援護という原則は守らなきゃな」
　ラズィはふん、と鼻をならした。ブーカは照れもせずうなずいた。
「強い敵に会ったら、基本は逃げることだが、叩く場合は両翼が回りこんで包囲する。ここでウィングはすばやく動かねばならん。だからうまいやつがウィングをやるのだ」
　ラズィはふん、と鼻をならした。ブーカはうんうんとうなずいた。
「さて、もう一度やってみるか。全員乗機！！」
　バルザップはさっそうと中隊長機に乗り込んだ。バルザップのザクには中隊長機として頭部にアンテナが備わっている。中隊長マークはアンテナに薄いグレイの帯が一本ついているだけだった。
　グランヒッコリはバルザップを驚きの眼で見た。あの親父は核融合動力なのだろうか？　ナガイもハートゥも自分もくたびれているのにバルザップは疲れた様子がない。
　だが、ブーカはあいかわらず楽しそうだし、ラズィもまた疲れを見せていない。上手なパイロットには疲れないコツがあるのかもしれない、とグランヒッコリは思った。
　ラズィがブーカに近づいていった。
「ブーカ、さっき後退するときに低く飛んで退がっただろ、あれどうやるんだ？」
　直前の訓練で後退を命ぜられたブーカは正面を向いたまま、バックステップで素早く退がった。ラズィはそれを見ていたのだ。
　ブーカは足を停めてラズィの顔を見つめた。
「見てたんでしょ、自分で考えたら？」
「げっ、同じチームだろ。冷たいこと言うなよ」
「技は教えてもらったって身につかないわよ。あとでログをあげるから、それを見て考えてね」
「きびしいこと言うね、ブーカは」
　ラズィのしかめた顔にブーカはにっこり笑った。
　パイロット達が乗機したザクが三機づつまとまって待っていると二機のガウ攻撃空母がタキシングしながら近づいてきた。
　Ｄ中隊のザクはゆっくり移動しているガウの後部ハッチから乗り込んだ。一機のガウ攻撃空母には三機のザクが収容できる。Ｄ中隊は二機のガウに収まってしまう。
　ザクが収容されるとガウ攻撃空母は後部ハッチを閉じて、一気にエンジン出力を上げて速度を増し、ゆっくりと飛び立った。飛行場には轟音がとどき、巻き起こった熱風が野草を薙いだ。
　二機のガウは、そのまま高度をあげて旋回した後、演習区域上空をパスした。その時ハッチを開けてＤ中隊は降下するのだった。
　朝から同じ事を何度やったことだろう、とグランヒッコリは一瞬思ったが、考えないことにした。

　☆

　回数がわからなくなるほど降下訓練をした後に、バルザップは基地への帰投を命令した。Ｄ中隊の面々が集まって待っていると、すぐに大型トレーラーがザクを迎えに来た。
　トレーラーは狭い。グランヒッコリはザクを乗せるのに気を使った。コロニーで気を使った経験はないのだが、どうも宇宙とは勝手が違うなぁ、と半分スペースノイドのグランヒッコリは思った。
　一方、純スペースノイドのブーカは余計な感慨を抱かずにさっさとトレーラーにザクを積み込んでしまった。
　支援車両に乗ってトレーラーと共にＤ中隊の待機ハンガーまでもどると、ザクを降ろしてハンガーの所定位置に立たせねばならなかった。それが済んで今日の訓練は終わりだ。
　バルザップがザクから降りて来ると整備兵のリーダーが一枚の紙を渡した。バルザップは一読すると楽しそうな表情でみなを呼び集めた。
「ナガイ、グラン、ラズィ、ブーカ、ハートゥ、集まってくれ」
　皆がよたよたと集まるとバルザップは紙をひらひらさせた。
「すっかり忘れていたのだが、パーティがある。みな正装して宿舎前に一八○○時に集合すること」
「パーティ？」
　皆がそろって不思議そうな顔をした。
「だれも聞いてないのか？」
　ハートゥは横を向いていたが、ラズィとブーカは顔を見合わせた。お互いに首を横に振った。聞いていない。ナガイもまた忘れていたようだった。
「立食パーティ？ダンスパーティ？俺は区別がつかんが、国民の館のホールを借り切ってパーティをやるんだ。軍司令のシベルク中佐の主催だぞ。無論タダだ」
　疲れた頭に言葉の意味が染み込むまでに時間がかかった。
「パーティ、でありますか？」
「うむ。服装はフォーマルなものなら軍服でなくとも構わんとある。ブーカ、目いっぱい化けるといいだろう、わっはははははは」
　後でバルザップはこの一言を後悔することになるのだが、ここではただの冗談だった。バルザップはハートゥを見て言った。
「ハートゥ、出席しろよ。ラズィ、ハートゥの面倒を見ろ。必ず連れてこい」
　バルザップはあらかじめ釘をうった。
　パーティと聞いてブーカはわくわくした気持ちが顔に出ていたが、男どもは「くたびれているのに余計な事を」を言いたげな顔をしていた。
　そんな皆の顔を楽しそうに見ながらバルザップは言った。
「では一八時に。解散！」

☆

「すっごいおっきな部屋！しかも、」
　いち、にの、さんで、ブーカとラズィは声を合わせて言った。
「ごうかー！！」
　国民の館のパーティホールは二十世紀の時の権力者が力を注いだだけあって、これでもかこれでもか、と見るものを打ちのめすような豪華絢爛な内装だった。
　ホールの向こうにはバンドが音楽を静かに演奏していた。幾つも幾つも並んだ丸いテーブルには兵員食堂ではお目にかかれないご馳走が並んでいた。
　テーブルの間を正装した紳士淑女が歓談していたり、または、うろうろしていたり、ボーイの運ぶ盆からシャンパンをとったりしていた。早くも酔っている士官もいた。
　ジオン軍の茶色い軍服も多いがスーツを着ている者も多い。女性では軍服を着ている者は一人もおらず皆美しいドレスを着ていた。
　ラズィが不思議そうに言った。
「こんなに、女がいたかな？」
　バルザップが応えた。
「女性のほとんどは民間人だ。街の有力者のお友達だ。失礼なことするなよ」
「なんだ、サイド３から来ている女性は少ないのね。ざんねん」
　とはブーカ。目を見開いてきょろきょろしているブーカを見てバルザップはこの日何度目かのため息をはいた。
「化けたな。ま、ブーカは元もいいけどな。それにしても・・・」
「ほんとだぜ、あんたがここまで化けるとはなぁ」
　ラズィも浮ついた声で言った。それほどブーカは化けた。
　グランヒッコリは訊ねてみた。
「ドレス持ってきたのか？」
　薄いピンク、朱鷺色のドレスで美しく装ったブーカはにこにこしながら応えた。
「ううん、隣の部屋のサリー少尉がかしてくれたの。どうかしら」
「いや、なかなか化けたな」
「みんな化けた化けたって言うのね」
　ブーカは口を尖らせて言った。でも目がまんざらでもなさそうに笑っていた。
　グランヒッコリは胸のどきどきをおくびにもださずに笑った。
　ブーカを護衛するように一団となってＤ中隊は会場の中央へ移動して行った。美しく着飾ったブーカは周囲の男たちの視線を集めた。
　パーティは軍司令の挨拶で始まった。軍司令のシベルク中佐はブロンドの髪を持ち長身で筋肉質の身体を軍服に包んだ男だった。ジオン軍の中ではキシリア少将の一派に入りマ・クベ大佐とは同じ穴のむじなであるという噂だった。まだ若い。
　彼はステージの上で会場を見渡した。
「マ・クベ司令のもとわれわれジオン公国ユーラシア軍団は、戦争に不可欠な物資を連邦軍の包囲の中から送りつづけている。そして、我がルーマニア軍はバルカンに展開する連邦軍からユーラシア軍団を守る重要な役割を担っている」
　シベルク中佐は、言葉を切った。会場はしんと静まりかえっていた。ジオンの人間は直立不動の姿勢を保っていた。むろんグランヒッコリもブーカも。
「我が軍の情報部は敵の大規模な攻撃を予想している。彼らはこの戦いに大部隊を集結している。今度の戦いはこれまでになく激しくなるであろう。だが、連邦軍は我々に勝つことはできぬ。なぜなら彼らには理念が無い」
　民間人は無表情に軍団長の演説を聞いていた。ドレス姿の民間人達はスナックを口にしながらステージの中佐の姿を眺めていた。
「我々には戦う理念があり、理念を支える力、人の力、技術の力がある。さらに歴戦の勇者たる諸君の力を加え今度の戦いも我々の勝利に終るであろう・・・諸君、我々は勝つ。勝って我々の理想の世界を造りあげるのだ。」
　シベルク中佐は黙って会場を見渡した。そして握りしめた右手を高々とあげた。
「ジーク・ジオン」
　静かに、だが力強く彼は言った。一瞬、パーティの会場を熱いなにかが駆け抜けた。
「ジーク・ジオン！！　ジーク・ジオン！！」
　わーっ、と会場は湧いた。
「ジーク・ジオン！　ジーク・ジオン！！」
　ジオンの将兵達は右手をあげて叫んだ。
　熱狂が会場に訪れた。シベルク中佐は目を細めて将兵たちをみつめた。ジーク・ジオンの叫びはゆっくりと収まって行った。会場が静かになってから中佐はくだけた調子で言った。
「連邦はいずれやって来るが、今日は来ない」
　会場の一角でわっ、と声が上がった。
「今日の疲れをとって、明日からの任務をよろしく頼む。では楽しみ給え！」
　シベルク中佐はニカッ、と笑うと手を振ってステージを降りた。爆発的な拍手がわき起こったが、シベルク中佐の退場に対してではなくパーティーの始まりに対してだった。
　グラスの合わさる音と人々の笑い声とが響き、バンドの演奏が流れてパーティーは始まった。
　兵士達も民間人達も思い思いにテーブルの周りに群れて楽しんでいた。テーブルの上には兵員食堂や街では食べられないようなご馳走が並んでいたし、ビールもウィスキーもカクテルもふんだんにあった。ワインとシャンパンは貴重品で数は少なかったが上級将校の集まっているテーブルには存在していた。
「ハートゥ、ビールを舐めるなよ。ぐーっと飲めよ、ぐーっと」
　ラズィはハートゥをたしなめた。
「・・・苦いんですよ、これ」
「苦くないビールなんてあるかよ」
　そういいながらラズィはぐうっとジョッキを空にした。
　少し離れたテーブルではナガイがもくもくと皿にテリーヌをとっている。てんこ盛りになった皿を手に彼は振り向いて言った。
「ラズィ、ハートゥ、これ食べないか・・・あ、いない・・・」
　ラズィとハートゥは連れ立って消えてしまっていた。皿を手にナガイは困ったような顔をして立ち尽くした。
　また少し離れたテーブルではブーカがもてもてにもてていた。ブーカを中心に軍服とスーツ姿が合わせて十数人群れている。どうやら今夜のパーティの華はブーカが手にしたらしい。
　ちょっと離れた所にグランヒッコリがいた。ウィスキーのグラスを片手にＡ中隊の士官と話していたが、ブーカが気になるらしくちらちらと華やかな一団の方をうかがっていた。Ａ中隊の士官はそんなグランヒッコリを見て苦笑した。
「あなたの中隊の女性下士官は美しいかたですね」
「えっ、ああ、そ、そうですね、化けましたね」
「化けた？！、あははははは」
　うろたえたグランヒッコリに士官は笑った。
「あなた、あんなきれいで若い娘と一緒にいたら気になるでしょう？」
「い、妹みたいなものですよ」
「そうですか、そうですな」
　士官はブーカの方へ視線を向けるとつぶやくように言った。
　グランヒッコリは手の甲で額の汗をぬぐった。
　Ｄ中隊の面々が展開している所からだいぶ離れた所にバルザップはいた。彼の周りにはＡ中隊やＢ中隊などのＭＳ部隊の中隊長やガウ機動攻撃部隊の幹部や機甲部隊の将校団が固まっていた。彼らの話題はもっぱら昨今の戦況だった。なかなか会えないのでこういう機会に情報を交換しているのだ。
　なかでもＭＳ部隊の話題は次の作戦に参加する部隊はどこになるかだった。近々行われる空挺攻撃作戦には司令部予備部隊である各中隊のどれかが参加する筈。どの部隊がその任務に当たるかはまだ公表されていない。
　バルザップ達がひそひそ話をしていると
「君たち、なにを話しているのだ？」
　とシベルク中佐が割り込んで来た。みんなあわてて立ち上がって敬礼した。中佐は手を振って言った。
「君たち指揮官が陰気に群れていては困るな。作戦はいずれ発令される。今夜は心配せずに楽しめ」
「はっ、」
　はっはっはっ、と短く笑うとシベルク中佐は去っていった。後ろ姿を見送ったバルザップ達は苦笑いを浮かべて、ジョッキを乾した。
　バルザップがビールを順調に消費している頃、ラズィとハートゥは戦いを控えた緊張の最中にいた。彼らは二人一組となって、というよりはラズィがハートゥを引き回していたのだが、着飾った娘達に果敢にアタックをかけているのだ。
「次はあの娘だ。俺が先行するぜ。ハートゥは援護だ」
「・・・・ラズィさんの好みって・・・」
「うるさい。ゆくぞ」
　ドレスの娘が四人のグループへラズィはダッシュをかけた。
「やぁ、楽しんでるかい？」
　わざとらしく手を振りながらラズィはにこやかに笑った。
「兵士の方ですのね」
　すこし年上の娘がラズィの軍服をしげしげと眺めて言った。
「そう。モビルスーツのパイロットだぜ」
「ふぅーん」
　品定めするように娘はラズィをじろじろ見つめた。
　ラズィは後手でハートゥを呼んだ。
　ハートゥは迂回してグループ後方から奇襲をかけた。近づいて開口一番、緊張してかちかちになった彼は言った。
「・・・あ、あの、き、君たち、バイクに乗ったことある？」
　あちゃあ、とラズィは心の中で頭を抱えた。また作戦失敗だ。
　娘達のグループが軽やかに離脱して行くのをラズィとハートゥが残念そうに眺めている頃、ナガイは危機を迎えていた。
　皿にてんこ盛りだったのテリーヌを九割ほど処理したナガイの前に大きく胸のあいたドレスを着た女性が一人。ドレスの女性は言った。
「あなた、私の話を聞いてるの？」
「は、はい。聞いてますよ」
　と、ラズィ。
「ならいいわ」
　女性は酔っているらしかった。どういう経緯でナガイがこの女性に捉まったのか、ナガイは困ったような顔をして娘の前でおとなしくなっていた。
「ふぅー。暑いわね」
　ぱたぱたと胸元をあおぐ女性の豊満な胸に思わず視線がいってしまったナガイはますます困ったような顔をして赤くなった。そんなナガイを興味深そうにみつめる女性。
「うふふふ」
「な、なんです、突然」
　状況は女性の圧倒的優位に進んでいるようだった。
　パーティ会場から秩序が徐々に姿を消していった。代わって混沌が顔を出し始めていた。
　いかめしい顔をした作戦本部の幕僚がステージに登り
「これよりパパチネラ歌手によるショーを行う。聞くよーに！！」
　と場違いな調子で命令し、かっかっかっと靴を鳴らしてステージから降りた。
　代わってバンドの演奏と共に登場したのはこの地方で人気のある歌手だった。シンプルな衣装の歌手は高い声で歌いだした。
　ステージに近い者は皆耳を傾けた。即席のカップルは頭をくっつけて歌を聞いていた。ステージから離れている人達は少しトーンを落としたものの談笑を続けていた。
　バルザップは会場をあちこち移動しながら知り合いを見ては声をかけ情報交換を続けていたが、歌手が数曲歌い終えた頃には酔いがまわってだいぶあやしくなっていた。そのうち壁際の椅子にすわると動かなくなってしまった。
　ラズィとハートゥは女の子に声をかけては片っ端からふられていた。
　歌が始まる直前に独りで退屈そうにしている女の子を見つけたラズィはハートゥに先行して声をかけた。
「やぁ、やぁ、やぁ、こんにちわ」
　髪をアップにした女の子はうさんくさそうにラズィを見つめた。その表情を見ながらラズィは「今度もだめだ」と思ったが、とりあえず後ろ手でハートゥに攻撃のサインを出した。
　ハートゥは迂回して側面から声をかけた。
「あ、あの、君、バイク好き？」
「…Ｖ型４気筒を除けばね」
「！！」
　目を輝かせたハートゥは勢い込んで口を開いた。女の子もまんざらでもなさそうにハートゥの言葉に答えた。そのまま二人は並んで話し始めた。
　ラズィは所在がなくなってしまってそわそわしていると、その様子にハートゥが気付いて申し訳なさそうにラズィを見た。
　ラズィは片目をつむると、さっさと二人から離れた。
　見渡すとドレスの女性達のほとんどは男性のエスコートがついていた。首をふるふると振るとラズィはぶらぶらとうろついた。そしてグランヒッコリを見つけた。
「少尉、ブーカと一緒ではないんですか」
「ラズィか。ブーカは今日のパーティの華だよ。見てみな」
　グランヒッコリが示した方を見るとブーカの周りには軍服やスーツ姿が群れていた。
「すっげーな・・・」
　つぶやくラズィにグランヒッコリはうなずいた。
「まったく。すごいよな」
　元気のないグランヒッコリがおかしくてラズィは吹き出しそうになるのをこらえて言った。
「心配ですか。少尉？」
「心配？　どして私が？」
「気になるんでしょう、あの一団が」
　ラズィは親指でブーカを中心とした一団を指差した。
「気にならないといえば嘘だな。気になるよ。ブーカが浮かれてなにかしでかさなきゃいいけど」
　グランヒッコリはそう言ってグラスを手にとった。そのまま一口含んだ。
「気になるなら、ブーカをこっちに連れて来ちゃえばどうです？」
「まさか。そんなことできない」
「惚れてるんでしょ、少尉」
「なにを言う。いや、俺にとって妹みたいなもんだよ。だから気になるんだ」
「そうですか」
　ラズィは笑いたかったが、でも笑っては悪いので顔をしかめた。
　ラズィはブーカが気に入っている。ハートゥもブーカが気になっている素振りを見せるし、確証はないがナガイ少尉もブーカを狙ってるのではないだろうか。
　ブーカは美人だし、ちょっと細いけどスタイルもいいし、容姿だけなら大抵の男は惚れちまうと思う。少尉は宇宙からずっと一緒で親しくしているのだから気になっても不思議じゃないし、現に惚れてるように見える。少尉の今の台詞はやせ我慢だよな。
　そんな事を考えいるラズィの前でグランヒッコリはまた一口飲んだ。
　ラズィはそういえばナガイ少尉はどうしたのだろうと突然に気になった。
「少尉、ナガイ少尉を見ませんでしたか？」
「いや、見てない・・・あぁ、そうだ、どこかの令嬢と一緒にいたな」
「えっ、ナガイ少尉がですか。ふぅーん少尉もやるんだね・・・」
　ラズィは女性と二人でいるナガイを見たくて再び歩きだした。だがナガイには会えず、そのかわりに椅子の上で動かないバルザップを見つけた。バルザップは赤い顔で完全に眠っていた。
「大尉、バルザップ大尉。起きてください」
　ラズィはバルザップの重い身体をゆすってみたが反応がなかった。すっかり酔いつぶれているらしい。これは困ったことになった、とラズィは思った。
　ラズィが困ったなと、首を掻いているといつの間にか歌手はステージから姿を消していた。あたりを見回すとパーティは終わりの雰囲気が漂っていた。
　歌手に変って登場したのは、バクスター大尉だった。彼は故郷の歌を歌いだした。酔っ払い達が唱和し、パーティ会場は遥か遥か彼方にあるサイド３の匂いがした。
　ふたたびシベルク中佐の幕僚がステージにあがり、閉会を宣言した。
　閉会ということはここから宿舎まで戻らねばならない。ラズィはバルザップを運ぼうと、仲間を探しはじめた。

☆

　宿舎までたどりついてジープを止めるとハートゥは、おもわず息をついた。国民の館から宿舎まで運転をして来たのだ。少し酔っているので憲兵に見つかったら困った事になるだろうが、幸い憲兵達もパーティに出席しているのか今夜の街の巡回は手薄のようだ。
　ジープの運転は緊張してハンドルを握るハートゥ、助手席にはラズィが、後部席にはグランヒッコリが眠るバルザップの身体を支えていた。
　パーティが終った時にみんなを探し回ったラズィは、幸せそうに女の子と話し込んでいるハートゥを見つけ、次にブーカを見失ったグランヒッコリを掴まえたが、ナガイはとうとう見つからなかった。どうも状況を調べると問題の女性と消えてしまったらしい。
　会場に残っている者だけ、グランヒッコリとラズィとハートゥの三人で背の低いわりにやたらと重いバルザップをジープまで運び、人気のない街を抜けてＤ中隊宿舎までたどりついたのだった。
　宿舎の前に止まったジープから降りると、ラズィは後部シートに回ってバルザップの身体を抱え起こした。
「大尉を部屋まで運ぶぞ。ハートゥ、いつまでにやけてるんだ。ほら、足もてよ」
　ラズィはバルザップを後ろから抱きかかえ、足の方をハートゥが持った。そのまま正体不明で眠っているバルザップをジープから降ろし、宿舎へ運びこんだ。
　グランヒッコリはジープを車庫へ戻しに行った。
　ラズィはバルザップを部屋に運び込むと、ロビーに戻った。グランヒッコリはロビーの椅子に腰掛けてラズィを待っていた。
「ナガイ少尉とブーカはどこへ行っちまったんでしょうね？」
　ラズィの言葉にグランヒッコリは首を振った。
「知らんよ」
「どうします、少尉。彼らを待っていても仕方ないですよ」
「そうだな。君は寝たらどうだ」
「少尉は？」
「もうちょっと待ってみるよ」
　誰を待っているのかやぼなことは聞くまいとラズィは思った。
「では、おやすみなさい。少尉」
「おやすみ」
　ラズィはエレベータの扉の向こうへ消えた。
　それを見送ったグランヒッコリはロビーのソファーの上に座ったまま腕を組んだ。
　しばらく腕組みしたまま動かなくなったグランヒッコリにフロントにいる警備兵が気を利かしてコーヒーを持って来てくれた。
「少尉殿、だれか待たれているのですか？」
「パーティではぐれた仲間を待ってるのだけど。邪魔かな」
「いいえ」
　コーヒーをすすりながらグランヒッコリは待った。
　だいぶ時間が過ぎて、ホテルの前に車の止まる音がした。グランヒッコリが首をあげると自動ドアが開いてナガイ少尉がよろよろと現れた。
　ナガイ少尉はグランヒッコリに気づくと弱々しく笑った。
「はは、はぐれちゃいましたね」
　そのままよろよろとエレベーターまで行った。グランヒッコリの脇を通りすぎるときに香水の香がただよった。ナガイはエレベータの前でくるりと振り返った。
「疲れてるんで、お休みなさい、少尉」
　ナガイは無言でいるグランヒッコリに向かってぱたぱたと手を振るとエレベータに乗り込んだ。
　ナガイ少尉が消えてからもグランヒッコリは待ち続けた。
　やがてホテルの前に車の止まる音がした。グランヒッコリが首をあげると自動ドアが開いてドレス姿のままのブーカが現われた。彼女は憮然とした表情でずんずんと中に入ってきた。
　グランヒッコリは立ち上がると声をかけようと思ったができなかった。ブーカはグランヒッコリの前に来ると言った。怒っていた。
「どうして先に帰っちゃうのよ！」
　グランヒッコリはブーカの怒気にたじたじとなった。
「パーティが終って、みんなを探したんだけど誰もいないの！どうしてよ？？」
　そしてドレスを少し持ち上げた。
「街からここまで歩いて帰ってこいっていうの？」
「俺たちも探したんだけどブーカが見つからなかったんだよ」
「なにそれ。少しぐらい待っててくれてもいいじゃない」
　ブーカはそう言うと涙ぐんだ。
　グランヒッコリは動転してあたふたと言った。
「いや、パーティで一緒にいた人達も一緒に消えてしまったから、てっきり・・・」
「あの人達？　帰るって言ったらしつこいんだもの、みんな投げ飛ばしちゃったわよ！」
　と、さらに涙を溜めてブーカは言った。
「な、投げ飛ばした？それで、その後どうしたんだ？」
「知っている人誰もいないし・・・歩いてたら憲兵隊の人達がいたから送ってもらったわ」
　ブーカがそこまで言ったところでフロントの警備兵がコーヒーを持ってきてくれた。グランヒッコリはコーヒーを受け取るとブーカに渡した。
　少し前、ア・バオア・クー要塞でブーカの怪力の噂を聞いたことのあるグランヒッコリは、ブーカが投げ飛ばした事を疑うつもりはなかった。
「ちなみに投げ飛ばした人達って、誰だったんだ」
「作戦本部の人」
　それはまた大胆なことをしたなぁ、と頭の片隅でグランヒッコリは思ったが、ブーカが無事に帰ってきただけで今はうれしかった。
　しばらくの間ブーカに詫び続けたグランヒッコリはブーカが落ち着くのを待った。やがて落ち着いたブーカが言った。
「サリー少尉のドレス汚れちゃった・・・」
　フロントから警備兵が口をはさんだ。
「クリーニングに出せばいいですよ。私が腕の良いお店を知ってますから」
　警備兵はにこっと笑うと、茶目ッ気のある表情で訊ねた。
「で、何人投げ飛ばしたんです？」
「二人、いえ、三人投げたわ」
　ブーカの答えを聞いた警備兵はくすくす笑いながらひっこんだ。
　しばらく二人で話した後、グランヒッコリはブーカに休むように言ってエレベータの前まで送った。
　おやすみなさい、と消えたブーカを愛おしそうに見送ったグランヒッコリは、フロントへ行くと警備兵に言った。
「投げ飛ばした話、内緒だぞ」
「やっぱり内緒ですか」
　苦笑いした警備兵にもう一度念を押してグランヒッコリは自分の部屋に戻った。
　だが、ブーカが参謀連中を投げ飛ばした一件は次の日にはブーカの名前とともに知れ渡っていた。
　ブーカは一夜にしてルーマニア軍の知名人となった。しかもニックネームがついていた。
　パーティの次の日の午後にバルザップ達Ｄ中隊一行が待機ハンガーへゆくと整備兵達がそわそわと待っていた。そしてブーカの姿を見ると一斉にその名を呼んだ。
「ザク娘だ！」
「夕べは見事だったぞ！」
　大笑いする整備兵達にバルザップは苦虫を噛つぶしたような顔をした。当の本人はまんざらでもなさそうに笑っていた。

　その日の夕方、バルザップ大尉は作戦本部から呼び出しを受けた。
　ルーマニア軍作戦本部にナガイ少尉と出頭したバルザップ大尉はシベルク中佐とその参謀の前で命令を受けた。例の攻撃作戦である。
　我がＤ中隊にはどのような任務が割り当てられるのであろうかと気にしていたバルザップは命令の内容に愕然とした。噂の空挺作戦はＤ中隊に割り当てられたのだ。
「空挺作戦は他にはどの部隊が？」
「Ａ中隊も参加する。君達が敵司令部に近い拠点に降下する。Ａ中隊はその衛星基地に降下。Ｄ中隊はクラヨヴァ基地を制圧する。君達のあとに空挺部隊がくるぞ」
「確認いたしますが、戦力に劣るわれわれが先鋒でありますか」
「君達の部隊はモビルスーツの数こそＡ中隊より少ないが、戦力で劣っているとは思わないぞ。新品のＪ型に優れたパイロットが揃っているではないか」
　バルザップは言葉につまった。
　参謀はＡ中隊の質問を受け付け始めた。バルザップは命令書をみながら沈黙した。

to be continue...