銀の沙のケース (4)

ジム・パイロット

　ルナツー。地球連邦宇宙軍の宇宙空間における最大の基地。そのドックの一角にサラミス級巡洋艦「クリストバルコロン」が停泊していた。岩盤から鉱物を採掘した後の広大な空間を転用したドックには多くの軍艦が待機していたが、クリストバルコロンが他の艦艇と異なるのは艦の中央部分が隔壁で覆われていることだ。とはいえ、ルナツーの建造ドックでは、サラミス級巡洋艦にマゼラン級戦艦が、生産能力の許す限り建造されているのでルウム戦役で大破したクリストバルコロンの改修工事は目立つ物ではなかった。
　ルウム以降長く続いた改修工事も先日終了したが隔壁はそのまま残されていた。そんなクリストバルコロンの元にルナツーの別の一角から八個のコンテナが運び込まれ、艦の横に固定されたのが十一月が終わる頃だった。コンテナとともに、自信にあふれ、己の技量と運だけを信じる男たちが集まった。
　彼らは宇宙作業服姿で一団となってクリストバルコロンの側に浮かんだ。彼らは艦のエアロックに向けて空間を漂った。
「これが我々を運ぶ船か。ルウムでは派手にモビルスーツにやられてたが」
　彼らの一人、鷲の目を持つ、と言われたパイロットのカウルス・ウェイン中尉が言った。
「ルウムの仇を、モビルスーツで討つ、か」
　男たちは無言だった。連邦宇宙軍がこの日のために鍛え上げた第一線のパイロット達だった。

　オデッサの戦いに勝利した後、連邦軍は地球におけるジオンの勢力を駆逐しつつあった。宇宙では来るべき反攻作戦に備えて静かに作戦が練られいた。その静寂のなか、地球低軌道を焦点とする小さな作戦が行われようとしていた。ルナ２から連邦宇宙軍のモビルスーツ隊が出撃しようとしていた。
「カウルス・ウェイン中尉。彼のチームは勝たねばならない。我々のモビルスーツはジオンのザクやドムより優秀であるが、それを実戦で証明する必要がある。ウェイン中尉ならやってくれるだろう」
　チームが編成されたときに中隊司令は言った。RGM-79、ジムはルウム戦役後にモビルスーツの重要性を認識した連邦軍が急遽開発した量産型モビルスーツだ。高い出力をもつ超小型核融合炉を装備し、ビーム兵器を使用できる高性能な機体だ。これまでにも宇宙でジムを装備した部隊はあったが、運用にのせるための試験部隊だった。純粋に敵と戦うための初めての宇宙戦用モビルスーツ部隊がウェインのチームだった。だから彼は負けられない。
　部隊の出撃はひっそりと行われた。ジム七機を搭載したモビルスーツ搭載改修型サラミス級巡洋艦クリストバルコロンはドックを離れルナツーの艦船発進口をゆっくりと離れ、慣性のままルナツーを離れた。十分な距離をとったところでクリストバルコロンは加速を開始し、進路を地球へと取った。
　クリストバルコロンの任務は地球軌道の哨戒任務である。途中、僚艦であるサラミス級巡洋艦「サパレリ」と合流し、サパレリへ補給を行った後、地球低軌道へ進入した。
　その四時間後、艦隊は一連の通信を受け取った。
　クリストバルコロンの艦長ヴィルジン大佐は狭いブリッジの艦長室で通信文を受け取った。彼は白髪の混じった茶色い髪を短く刈りそろえた頭を微動だにせず通信文を読み終えると副官を読んだ。
「セルゲイ」
「はい」
　クリストバルコロンのブリッジは狭い。小柄な副官が席から身を乗り出した。艦長は通信文から目を離すと副官を見た。
「ジオンの輸送シャトルが来る。ルナツーの司令部は我々に歓待をまかせると言ってきてるぞ」
「見せていただけますか」
　副官は通信文を受け取るとじっと見つめた。
「モビルスーツ隊の初陣ですね。我々は充分すぎるほど歓迎できると思いますよ」
　副官の言葉に艦長はうなずき、
「セルゲイ、戦闘準備させろ。シャトルと交差点までの軌道算定をせよ。なるべく交戦時間がを多く取れるように」
　艦長はいったん言葉を切ると艦内電話を取り上げ、モビルスーツ部隊を呼び出した。ブリッジに現れたウェインは狭いブリッジの隙間で直立不動の姿勢をとった。
　おびえも緊張も無い、と艦長は感じた。戦闘機パイロットって人種はいつもこうだ、あのルウムの時も気に触るくらい自信にあふれていた。ましてやここにいるのはトップパイロットだ。自信も相当なものだろう。艦長はウェインの顔を見つめた。
「我々は敵輸送シャトルの襲撃を行う。君の部隊が主体となって戦闘してもらう。なんの為だかわかるな」
　ウェインは口を開いた。
「わかっています。我々はそのために選ばれました。期待に応えます」
「…戦果を期待する、以上」
　ウェインは敬礼し、ブリッジを去った。

　クリストバルコロン、モビルスーツパイロットのブリーフィング室。モビルスーツ格納庫の隣に新設された灰色の部屋にはノーマルスーツ姿のパイロット達が集合していた。汗の臭いが空気の中に混じっている。パイロット達は六名。ウェイン・チームの三名にウィリアム・ウィル中尉の率いるウィル・チームの三名だ。中隊としてはさらに三機のジムを受領しているホラティウス・コクレスの部隊がいるのだが、彼らは搭載艦の発進が遅れていた。
　無重力の室内に均等に間を置いて漂うパイロット達をウェインは見渡した。
「六〇分後に敵の輸送シャトルに襲撃を行う。攻撃の主体となるのは我々モビルスーツ隊だ」
　ウェインは壁のスクリーンに作戦図を映しだした。
「交差角、相対速度ともにほとんどない。艦は六キロの位置に待機、我々モビルスーツ隊が出撃しシャトルを叩く」
　スクリーン上に二つの軌道とシンボルが現れた。クリストバルコロンのシンボルから矢印が一本伸びてシャトルへ接近した。
「シャトル攻撃は私のチームが行う。ウィル中尉のチームはクリストバルコロン、および、サパレリの直衛を行う」
　ウェインの言葉にウィル・チームの二名が不満気な顔をした。ミーチ、と呼ばれている少尉がたずねた。
「敵のシャトルは単独で来るのか？」
「現在シャトルは単独だ。護衛の存在は確認されていない。しかしジオンの低軌道パトロールと合流する可能性がある。したがって攻撃に三機、防衛に三機とした」
　オデッサ陥落後のジオンの地球軌道の活動は規模が縮小したが、それでもルナツーの拠点とする連邦宇宙軍の劣勢はかわらない。
　ウェインはそれ以上の意見がでないことを確かめるとスクリーンの表示を変えた。
「もし敵の戦闘部隊と遭遇した場合は、チームは合流して戦う。わかっているとは思うが今回の戦いは必ず勝たねばならない」
「オーケー。俺達は艦隊の直衛をやるよ」
　ウィル・チームのリーダーであるウィルが言った。ウェインとウィルは前からさまざまなケースについて話し合っており、今回のケースも二人の用意したパターンの中に含まれていた。
　ウェインは一同を見渡した。
「質問や意見があれば受けるが」
　ウェイン・チームのランドルス少尉が口を開いた。彼はヘルメットにぴたりと入りそうな丸顔に童顔の男だった。軍の中では若すぎるほどではないのだが、ここのパイロット達でルウム戦役を経験していないのは彼だけである。
　ランドルスは目をくりくりさせながら言った。
「中尉、もし敵のモビルスーツが出たときのことですが」
「？」
「敵がわれわれより多かったらどうするんですか？　後続のコクレス大尉の部隊を待たない理由は？」
「この軌道上のジオンは多くない。オデッサの戦闘以来彼らの動きは鈍い。決戦のための戦力を準備しているらしい。したがってモビルスーツがまとまってこの空域に存在することは考えられない、と情報部は言っている。私もそう思う」
　ウェインの答えにランドルスはにこりと笑った。
「それならいいです。もし三三編隊で現れたら、我々は二つ目の星の奪い合いにならないか、心配だっただけなんで」
　パイロット達は笑った。ウェインも口の端を一瞬ゆがめた。
「他には？」
「ミノフスキー粒子は散布されますか？」
　尋ねたのはウェイン・チームのクス少尉だった。彼はつやのいい広いおでこの上に黒い短い髪を張りつかせていた。おでこの下に細い目があり、それはウェインをじっと見ていた。
「ミノフスキー粒子か。クリストバルコロンが戦闘前後に散布する。十分な濃度で戦闘できるだろう」
　クスはうなずいた。ルウム戦役からこのかたずっと有視界戦闘訓練を繰り返してきたのだ。ミノフスキー粒子下ならレーダーや誘導機器のオペレータのような真似をせずにすむ。そんな戦いこそパイロットの本望といえる。これからの戦いはクスの輝ける経歴の一部になるだろう。
「他には？」
　誰も発言しなかった。ウェインは皆を見渡した。
「もう一度言うが我々は必ずシャトルを沈めなければならない。そして我々が沈んではならない。必ず勝つ、決して負けない。我々はそれが可能だ。ともにベストを尽くそう、以上」
　パイロット達は立ち上がった。ウェインは敬礼し、パイロット達は応えた。
　クリストバルコロンのモビルスーツ隊は作戦を開始した。


to be continue...